せん・げんしつ 1923年、裏千家14代家元、千宗室の長男に生まれた。64年、15代を襲名。2002年、長男に家元を譲り、大宗匠に。「一碗からピースフルネス(平和)を」と唱え世界各国で献茶を行っている。 「私は利休にはなれなかった」と茶道裏千家の千玄室前家元(87)はいう。志願して特攻隊員となった22歳の千さんは、出撃の命令を待ち続けたが、ついにその日は訪れなかったのだ。 千家初代の利休は豊臣秀吉の命令で切腹して果てた。「利休は周囲に助命嘆願の動きがあるのを知って、それを断った。死を恐れなかった。出撃を待つ間、私はそんな利休のことを思っていた。ところが私は死にたくなかった」 前家元が写真を見せてくれた。白い海軍の軍服を着た22歳の千さんだ。「笑っていますね。でも、心では泣いていた」 同志社大生だった1943年、学徒動員で海軍に入隊。飛行専修第14期予備学生として茨城県の土浦海軍航空隊へ配属