一気に読んで気がついた、口の中は血の味がした。 中盤はクライミングの緊張感のあまり、後半は手術シーンの痛みのあまり、全身に力を込めた読書になった。日本を代表するクライマー、山野井泰史の話だ。頂上を目指す彼の“欲望”に直接触れる件では、持つ手が震えた。ギャチュン・カン北壁の凍りつく寒さだからではない、武者震いだ。著者は、タイトル『凍』をトウと読めば『闘』になると言う。なるほど、これは、闘いだ。 クライミングがスポーツなら、他と決定的に異なるところがあるという。それは、「最も素晴らしい核心部を見せることができない」になる。確かにそうだ、登攀の写真や日記などで伝え聞くばかりだから。新田次郎の山岳モノでは、演出された瞬間を見ることはできるが、一種の伝説を読んでいるような気になる。 だが、沢木耕太郎は成功している。腐りやすい形容詞を削ぎ落とし、徹底的に絞ったルポルタージュに仕上げている。これっぽっち