財布を拾った. コンクリートの色とはなじみそうもない水色の長財布だ. 急いでいたので通り過ぎようとしたが,持ち主は大層困っているだろうと拾った. 皮の質感がいつも使っているものと異なり,手のひらの中に少しだけ汗がにじむ. 一抹の罪悪感を覚えながら財布を開く. カードを入れる場所の一番手前に免許証が入っていた. 年は私と二つしか変わらない人だった. 免許証の顔はだれもがそうなるように,顔色が悪く,髪のつやがなく,やや年齢よりも上に見える,いわゆる写真写りが悪そうな写真だった. 免許証の住所を見ると同じアパートの人だったため,管理会社に電話をした. アパートの廊下を歩きながら,外から入る眩しい日差しが,白昼夢のようだった. 自分の住むアパートと部屋番号を伝えると,「確認します」と電話が切られた. 私は生来,好奇心の前では善とは程遠い人間であるため, 人の財布などまじまじと見る機会なぞなく,まし
![財布を拾った](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/b1638cdb5807a4788e4ba3c1109a984166e095fc/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fanond.hatelabo.jp%2Fimages%2Fog-image-1500.gif)