欧米の学者と話していて、ずれを感じるのは、「68年」の位置づけが日本とちがうことだ。彼らのあいだでは、よきにつけ悪しきにつけ、「68年」は何らかの歴史的転機とされている。ところがよく聞いてみると、それは欧米と日本の学生叛乱そのもののちがいというより、それ以後の歴史的経緯のちがいによるところが大きいことがわかってくる。 西欧とアメリカは、73年と79年の石油ショックで、深刻な経済不況を経験した。とくに製造業の衰退は著しかった。OECD諸国は1979年から1993年までに、グローバル化と産業転換で、製造業の雇用が平均して22パーセント失われている。しかも製造業からサービス業・金融業への産業転換は、規制緩和や「自由化」をともない、長期安定雇用から短期不安定雇用への移動をもたらしていった。 その結果、70年代に一連の社会変化が西欧とアメリカをおおった。失業率とくに若年失業率が上がり、雇用が不安定化