「アイツは死んでもしゃべらないと思った。取材源の秘匿は記者のイロハのイだ」。95歳の元読売新聞記者、村尾清一さんは同僚が記者生命を絶たれることになった事件を忘れていなかった。 1957年は31カ月続いた神武景気が終わり、岸信介内閣が発足した年だった。10月18日、読売新聞(東京本社版)朝刊社会面にスクープが出た。「売春汚職 両代議士 収賄の容疑濃くなる」。自民党衆院議員2人を名指しし、東京地検特捜部の捜査内容をつかんだとする記事だった。 書いたのは社会部の立松和博記者。裁判官の父を持ち、検察幹部に深く食い込んで昭和電工疑獄(48年)、造船疑獄(54年)でスクープを連発した。事態は思わぬ方向に展開する。両議員が読売新聞幹部や記者らを名誉毀損(きそん)容疑で刑事告訴し、記事の6日後、東京高検が立松記者を逮捕したのだ。憲法によって報道の自由が保障される中、極めて異例のことだった。
【時代の正体取材班=田崎 基】 衆院議員の山尾志桜里氏(43)=愛知7区=の事務所の政策顧問に、週刊誌などで関係が報道された弁護士の倉持麟太郎氏(34)が近く就任することが6日分かった。改憲を目指す安倍晋三政権に対抗する上で、憲法や安全保障問題で政策の方向性が一致する倉持氏との連携が不可欠として決断した。 【写真】倉持氏が語る 山尾氏は立憲民主党の衆院会派に所属し、衆院憲法審査会では同会派委員として改憲論議を率いる見通し。 山尾氏は民進党政調会長に就任した2016年3月から、天皇陛下の退位問題や「共謀罪法」審議などで倉持氏から助言を受けてきた。倉持氏との関係が報じられたことし9月に民進党を離党、総選挙では無所属候補として3選を果たした。 安倍首相が20年の新憲法施行の方針を示す中、神奈川新聞社の取材に「改憲論議に真っ向から向き合って首相案をはねのけるためには、今後も倉持氏からサポートを受け
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く