バウドリーノ(上・下) [著]ウンベルト・エーコ[評者]奥泉光(作家・近畿大学教授)[掲載]2010年11月14日著者:ウンベルト・エーコ・Umberto Eco 出版社:岩波書店 価格:¥ 1,995 ■驚異の旅の物語、虚構が魂に響く 小説に描かれる世界や問題は多種多様であるけれど、個々の作品の枠を超えてジャンルが密(ひそ)かに持ち続けている主題が一つある。それは虚構の現実性、ないし現実の虚構性の主題である。虚構として作られたもの、つまりは嘘(うそ)が、実際に人を動かす力になり、また逆に、人間のリアルな現実がじつは虚構にすぎない――。この虚構と現実をめぐる謎に小説家はずっと関心を持ち続けてきたのであり、メタフィクションが一貫して書かれてきた理由がここにある。小説内の現実が実は一つの虚構なのだと、小説内部で明かす技法は、虚構の不思議をそのまま主題にしたものだといえるだろう。 しかし虚構の