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lithuaniaに関するnabinnoのブックマーク (15)

  • ポーランドとバルト三国、NATO条約第4条を発動 協議要請

    (CNN) 北大西洋条約機構(NATO)加盟国のポーランドとエストニア、ラトビア、リトアニアのバルト三国は安全保障上の懸念に関する同盟国との協議を定める北大西洋条約第4条を発動した。 エストニアのカラス首相は政府の声明で、ロシアウクライナ侵攻は「欧州全体への脅威」を示すものだと述べた。 カラス氏は「ロシアの広範囲の侵攻は世界全体とNATO全加盟国への脅威だ。同盟国の安全保障強化に関するNATO協議が、NATO同盟国の防衛確保を目的とした追加的措置を実施するために開始されなければならない」と述べた。 北大西洋条約第4条では、締約国は同盟国の領土保全、政治的独立、安全保障が脅かされているといずれかの締約国が認めるときは、いつでも協議すると定めている。 ウクライナはNATO加盟国ではない。ただ、ロシアはNATOがウクライナの加盟を認めないように要求していた。NATO加盟国はその門戸開放方針を理

    ポーランドとバルト三国、NATO条約第4条を発動 協議要請
  • リトアニア きょうからユーロ導入 NHKニュース

    旧ソビエト・バルト3国の1つリトアニアは1日、ヨーロッパの単一通貨ユーロを導入し、ロシアと欧米の対立が深まるなか、ヨーロッパとの関係を一層強化していくものとみられます。 リトアニアの首都ビリニュスでは1日、年明けとともに花火が打ち上げられるなど、市民がユーロ導入を祝うなか、式典が開かれ、ブトケビチュウス首相らが銀行のATM=現金自動預け払い機から最初の10ユーロ紙幣を引き出しました。 式典には、ユーロをすでに導入しているバルト3国のエストニアやラトビアの閣僚も出席し、エストニアのロイバス首相は「3国がユーロ圏に入り、経済統合を果たしたことは、バルト諸国の勝利だ」と述べました。 これでユーロは19か国体制になりました。 旧ソビエトのリトアニアは、ヨーロッパへの統合を加速させるユーロ加盟を目指し、とくにウクライナ問題を巡ってロシアと欧米の対立が深まるなか、ロシアと距離をおく姿勢を強めていました

  • ダリア・グリバウスカイテ - Wikipedia

    ダリア・グリバウスカイテ(Dalia Grybauskaitė、IPA: [d̪ɐˈlʲɛ ɡʲrʲiːbɐʊsˈkɐ̂ˑɪt̪ʲeː] [ダリェ・グリーバウスカイティェー]、1956年3月1日 - )は、リトアニアの政治家。同国大統領(在任: 2009年7月12日 - 2019年7月12日)、外務副大臣、財務大臣、欧州委員会文化教育担当委員(在任: 2004年5月1日 - 2004年11月11日)、欧州委員会財政計画・予算担当委員(在任: 2004年11月22日 - 2009年7月1日)を務めた。リトアニア初の女性の国家元首で、しばしば「鉄の女」と称される。リトアニア語のほか、英語ロシア語、ポーランド語、フランス語に堪能[1]。 政治家になるまで[編集] グリバウスカイテは、1956年3月1日、ヴィリニュスの労働者の家庭に生まれる。母は販売員のヴィタリヤ・コルサカイテ(Vitalij

    ダリア・グリバウスカイテ - Wikipedia
  • ポーランド・リトアニア共和国 - Wikipedia

    ポーランド王国およびリトアニア大公国(ポーランドおうこくおよびリトアニアたいこうこく、ポーランド語: Królestwo Polskie i Wielkie Księstwo Litewskie)、通称ポーランド・リトアニア共和国(ポーランド・リトアニアきょうわこく)[2]は、ポーランド王とリトアニア大公の両方を兼ねた実質的に共通の君主によって統治された国、およびポーランドとリトアニアによる連邦[3]である。16世紀から17世紀のヨーロッパで最も大きく、最も人口の多い国の1つであった[4]。17世紀初頭の連邦の最大版図はほぼ100万平方キロメートルを占め[5]、1618年の時点でのほぼ1200万人の多民族を維持した[6][7]。ポーランド語とラテン語が共同公用語であった。 1569年7月のルブリン合同によって連邦が成立したが、1386年にポーランド女王ヤドヴィガ(ヘドヴィグ)とリトアニア大

    ポーランド・リトアニア共和国 - Wikipedia
  • リトアニアの歴史 - Wikipedia

    リトアニアの歴史(リトアニアのれきし)では、リトアニアの歴史を述べる。また同時にリトアニア人の歴史も記述する。 「リトアニア」という語は、1009年に「Lituae」(ラテン語の属格、主格は「Litua」)と記載されたのが最も古いものである[1][2]。13世紀にはリトアニア大公国が建てられ、その後、リトアニアは周辺諸国を征服、15世紀には、リトアニア大公国はヨーロッパで最大の領土をもつ国となった[3]。16世紀にはルブリン合同によりポーランド王国と合同、ポーランド・リトアニア共和国となった。その後、18世紀末のポーランド分割によりリトアニアはロシア帝国の支配下におかれることとなる。第一次世界大戦後の1918年にリトアニアは共和国として独立。しかし第二次世界大戦中にソビエト連邦やナチス・ドイツからの侵攻を受け、リトアニア・ソビエト社会主義共和国としてソ連に編入される。1990年代に入るとリ

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  • ミーコラス・ロメリス大学 - Wikipedia

    ミーコラス・ロメリス大学(リトアニア語: Mykolo Romerio universitetas、略称: MRU)は、リトアニアの首都ヴィリニュスにある国立大学。2004年に設立。大学の名称は、リトアニアの法学者、裁判官で、リトアニア共和国憲法の父と呼ばれる、ミーコラス・ロメリスに由来する。 ミーコラス・ロメリス大学はリトアニアでヴィリニュス大学に次いで2番目の規模を誇る大学で、2009〜2010年度は21000人の学生が在籍している[1]。 歴史[編集] 2004年10月28日 - リトアニア共和国セイマス(国会)が「リトアニア法科大学の名称変更とミーコラス・ロメリス大学制定法の承認」を決議。 (No. IX-2515) 2004年12月16日 - ミーコラス・ロメリス大学理事会が満場一致でアルヴィーダス・プンプティス教授を学長に選出。 (No. 1SN-9) 2009年7月23日 -

    ミーコラス・ロメリス大学 - Wikipedia
  • Lithuania election: Opposition parties heading for win

  • リトアニア原発投票 反対多数 NHKニュース

    バルト3国の1つ、リトアニアで、日の日立製作所が受注に向けて交渉している新しい原子力発電所の建設の是非を問う国民投票は、原発建設に反対する票が60%を超えて多数を占めることが確実となり、今後、計画が見直される可能性が出ています。 リトアニア政府は、2020年をめどに北部のビサギナスに新しい原発を建設する計画で、現在、日の日立製作所が受注に向けて優先的に交渉を進めています。 しかし、東京電力福島第一原子力発電所の事故後、国民の間で計画に反対する声が広がり、14日、議会選挙とともに、原発建設の是非を問う国民投票が行われました。選挙管理委員会によりますと、これまでに全体の95%の開票所で結果が確定し、原発建設に反対する票が64.78%、賛成する票が35.22%と、反対票が多数を占めることが確実となりました。リトアニアでは、ソビエト時代に建設された原発が3年前に閉鎖された結果、ロシアにエネルギ

  • リトアニア国民投票、原発に「ノー」…日立受注 : 国際 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

    【ベルリン=三好範英】バルト3国のリトアニアで14日、同国東部に建設予定のビサギナス原発の建設の是非を問う国民投票が行われ、15日午前(日時間同日夕)までの開票で反対が62%と賛成34%を上回った。 有効投票率は52%で成立条件の50%を超えた。 同原発は日立製作所が受注の優先交渉権を獲得している。国民投票に法的拘束力はないが、同時に行われた議会(定数141)選第1回投票で、野党の労働党、社会民主党などが得票を伸ばしており政権交代の見通しとなっている。新しい連立政権に加わると見られる社民党は建設反対の立場で、同原発の建設計画が見直される可能性が出てきた。 議会選でクビリウス政権与党の祖国同盟・キリスト教民主党が劣勢の原因は、同政権が進める緊縮財政策への国民の反発だ。議会選は28日に第2回投票が行われ議席が確定する。

  • Austerity-weary Lithuania elects new left-wing govt - FRANCE 24

  • リトアニア 原発巡る国民投票開票進む NHKニュース

    バルト3国の1つ、リトアニアで、日の日立製作所が受注に向けて交渉している新しい原子力発電所の建設の是非を問う国民投票は、開票作業が始まり、日時間の午前8時の時点で、原発の建設に反対する票が60%を超えています。 リトアニア政府は、2020年をめどに北部のビサギナスに新しい原発を建設する計画で、現在、日の日立製作所が受注に向けて優先的に交渉を進めています。 この計画を巡ってリトアニアの議会は、国民の意見を反映させる必要があるとして、建設の是非を問う国民投票の実施を決め、14日、議会選挙とともに全土で投票が行われました。 開票作業は、日時間の15日朝早くから始まり、選挙管理委員会によりますと日時間の午前8時の時点で、原発建設に反対する票が63.65%、賛成する票が36.35%と反対票が多数を占めています。 一方、投票率は、国民投票が成立する50%を超えるかどうか微妙な情勢です。 リト

  • リトアニア 原発巡り国民投票を実施 NHKニュース

    バルト3国の1つ、リトアニアで、日の日立製作所が受注に向けて交渉している新しい原子力発電所の建設の是非を問う国民投票が行われ、反対票が多数を占めれば、建設計画が見直される可能性も指摘されています。 リトアニア政府は、2020年をめどに北部のビサギナスに新しい原発を建設する計画で、現在、日の日立製作所が受注に向けて優先的に交渉を進めています。 この計画を巡ってリトアニアの議会は、ことし7月、国民の意見を反映させる必要があるとして、建設の是非を問う国民投票の実施を決め、14日、議会選挙とともに、首都ビリニュスをはじめ全土で投票が行われています。 リトアニアでは、EU=ヨーロッパ連合に加盟する条件としてソビエト時代に建設された原発が閉鎖され、その結果、隣国ロシアに、エネルギー源の80%を依存する状況になっています。 このため、リトアニア政府は、ロシアへのエネルギー依存を解消するとして原発の建

  • リトアニア - Wikipedia

    先史時代[編集] 紀元前15000年ごろ、当時のリトアニアの大地はまだツンドラに覆われていたが、狩猟や魚釣りを行っていたインド・ヨーロッパ祖語の話し手が紀元前2000年から紀元前3000年ごろにかけてやって来たことが確認されている。その後、温暖化が起こり氷期が終わると、人々は定住するようになる[21]。そして紀元前2000年ごろ、バルト族(現在のリトアニア人やラトビア人のようにバルト語を話す人々)がバルト地域へ定住するようになった[22]。 中世・近世[編集] 「リトアニア」の国名が歴史的な文書に最初に登場するのは1009年である(国名の節参照)。 1230年代にミンダウガスがリトアニアの諸部族を統一。その後、1253年7月6日にリトアニア王となった[23]。戴冠式が行われた7月6日という日付は現在、リトアニアの建国記念日に制定されている(祝祭日の節参照)。1263年、ミンダウガス王が暗殺

    リトアニア - Wikipedia
  • バルト三国 - Wikipedia

    位置図、バルト海に面して北からエストニア、ラトビア、リトアニア、カリーニングラード州(ロシアの飛び地)、ポーランド。 バルト三国(バルトさんごく、英: Baltic states、Baltic countries、露: Прибалтика、独: Baltische Staaten、波: Kraje bałtyckie)は、バルト海の東岸、フィンランドの南に南北に並ぶ3つの国を指し、北から順に、エストニア、ラトビア、リトアニアである。3か国ともに、北大西洋条約機構(NATO)・欧州連合(EU)および経済協力開発機構(OECD)の加盟国、シェンゲン協定加盟国である[1][2]。通貨は三国ともユーロである[3]。 三国は、ロシア帝国とソビエト連邦にそれぞれ支配され統治・併合された時期があるものの、歴史的にはエストニアやラトビアは北ヨーロッパ諸国やドイツと、リトアニアはポーランドとのつながりが深

    バルト三国 - Wikipedia
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