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ブックマーク / finalvent.hatenadiary.org (60)

  • 終風日報編集後記 シベリア抑留で思う - finalventの日記

    トップ記事がツイッターの基的な使い方の解説。新聞の記事とは言いがたい。他の話題を見るにさほど興味も引かれない。今朝の毎日新聞の社説「シベリア抑留 後世に伝える仕組みを」との話を思い出す。引用しよう。▼「第二次世界大戦の終了後、旧満州(現中国東北部)などで降伏した日人兵士たち約57万5000人(厚生労働省調べ)がソ連領やモンゴル領に連れて行かれ、労働を強いられた。うち約5万5000人(同)が抑留中に死去したとされている。今年春までに約2万人の遺骨が帰ったが、身元が判明したのは約800人。現在、日に生存する元抑留者は約7万人と推計されている。」▼社説の話は概ねそうであろう。昭和32年生まれの私は身近ないろいろなところでシベリア抑留の話を聞いたものだった。体験者からも直接聞いた。これだけ多くの人が悲惨な境遇にあったのだから市井に語られないことはない。だが表立って語られない面もあった。ソ連支

    終風日報編集後記 シベリア抑留で思う - finalventの日記
    namgen
    namgen 2011/08/22
    遺棄された人々
  • 雨 - finalventの日記

    蒸し暑い。朝方岩手の地震を聞く。 加藤ローサという女優?が結婚したらしい。できちゃった婚というのだろうか。その人について私はほぼ知らないのだが、ローザといったらローサと言われた記憶がある。

    雨 - finalventの日記
  • 曇り - finalventの日記

    五月になった。あっという間に五月という感じがするのは、3月11日が昨日のようにも思えることもあるかもしれないし、それを思わず迎えた年初の印象がうまく消化できない感じかもしれない。反面、ずいぶん時は流れたという思いもないわけでもない。 停電が事実上回避されてからはプールが平時に近く使えるので泳げるのはいいなと思う。暖かくなるとプールの人が増えてめんどくさいなとも思う。 もまた読みだした。いつでもなにか読んでないと気がすまないお病気みたいな自分だが、震災以降、実際のところ注文が届かないこともあり、あまり読みもせず、買いもしなかった。が、ここに来て、どさどさと届く。 なんのために読むんだろう、そんなの長い人生でもないのにと思うこともあるし、これから老年になると読むぐらいしかないか、でも目も見えなくなるだろうなとも思う。老眼はなぜかない。先日、四〇代の人と話したら老眼があるという。そうだよね見づ

    曇り - finalventの日記
  • 快晴 - finalventの日記

    暖かくなるらしい。新緑が美しい。東京に戻って東京の新緑を見たころはなんともいえぬ居心地の悪い感覚があった。あれはなんだろうかと人に問うと、木の芽時というとのことだ。そういう言葉があったなとは思ったが何か違う。なにかもっと剥き出しの性欲のようなものを見るまぶしさといったものだった。なぜこの木々たちはこうまで生命に溢れているのだろう。何をかくまで拙速にと。しかし、それにも慣れた。沖縄で八年、東京で八年。折り返した。さて次はどこへという奇妙な思いがときどきわくのだが、なかなか若いときのようにはいかない。 テルマエ・ロマエの三巻目が出ていたので読む。面白い。二巻目は、これはだれるか編集さんの入れ知恵で伸びるかと不安にも思ったがそんなことはなく普通にナンセンスでしかもローマの背景もきちんとしていて面白かった。映画にもなるらしいがそれはたぶん見ないだろう。 テルマエ・ロマエ III (ビームコミックス

    namgen
    namgen 2011/04/28
    銭湯好きだから読んでみるべ
  • 曇り - finalventの日記

    という雰囲気。雨も降るらしいが、これが冬の空でもあるよなと思う。 昨日、ツイッターで人類経済学的なことをつらつらツイートしていた。吉隆明やカール・ポランニなどを読み始めて四半世紀もたったせいか、彼らの考えから離れてきている。簡単にいうと、貨幣というのは、市(いち)における女集団の売春から生じるのではないかと思っている。簡単にいうとトンデモなんで、もうすこしマイルドな多層モデルにして史実との整合を取る必要はあるでしょうが。が、というのは、このモデルから、男が傭兵と単純労働による貨幣化となる。で、王権はその途中に、女集団と市と貨幣の関係が生じるのではないか。従来の吉・ポランニ的なモデルだと、集団と外部ということで外部の臨界が幻想域を作り出すというものだった(と見る)。しかし、外部というのはおそらく女集団が売春のために生み出すしかけなのではないか。 このモデルの最大の難点は女集団とはなに

    曇り - finalventの日記
  • 曇り - finalventの日記

    夢に盆地で暮らしているのだが、西側の山縁に白いガンダーラ風の仏像巨像群があり、少年の私はそれに興味をもって研究所に遊びに行くという話。目覚めると変な話ではあるが、夢のなかでは特に違和感もない。研究所はなぜか仏教美術と電子工学とその両方を行っている。

    曇り - finalventの日記
  • 今日の大手紙社説 - finalventの日記

    日経を除いて敬老の日と不明高齢者のヨタネタばっかり。 老人が住みやすい社会にするなら、老人が自立するのにコンビニを活用するようなビジョンがよいと思うがね。老人向けのセブンミールみたいなものを地方が補助すればよいのに。

    今日の大手紙社説 - finalventの日記
  • この手の中華料理 - finalventの日記

    ⇒皆様にお願い - シートン俗物記 ⇒はてなブックマーク - 皆様にお願い - シートン俗物記 Yagokoro はてな厨 そんなに気になるなら変な憶測書く前に店長に聞けばいいんじゃねえの。 2010/07/14 まさにそうなんで、私なんぞは気になるとそれなりに聞いてみる。で、わかるかというとそれほどにはわからない。 わかることもある。 昔から、中国人ネイティブがやっている店にはよく行くのだけど、以前(15年くらい前)は台湾とか福建とかいわゆる華僑が多かったが、最近は、どうも東北が多いようだ。 こういうとなんだが、かなり料理が下手な人が多くなった。つまり、以前はそれなり料理の上手な人が、幇のカネを借りてやって頑張っていた感じだったが、最近は、カネ借りるのレベルも構造は似ているが落ちているっぽい。 料理もちょっと変わってきている。 もともと日中華料理は華僑料理というか、華僑が日人の口に

    この手の中華料理 - finalventの日記
  • 曇り - finalventの日記

    蒸し暑い。昨晩は、寝付いたはずが目覚め、ありゃと思いつつ睡眠系の音楽を聴いているうちに寝た、と思ったら、明け方目が覚め、でまた寝坊。暑さのせいか。いろいろ無意識の悩みが貯まってきているのか。 このところ、ぼんやり死のことを考える。というか、私は子供の頃からずっとそればかり考えて生きてきた。で、結局生きていた。不思議でならないという感じもしないではない。50歳を超えた。53歳の誕生日もなんなく超えそうでもあり、しかし、閻魔がそうやすやすと私を逃すとも思えず、怯える(ちなみに比喩ですよ。ネットだと比喩とか反語が通じない)。 なんども書いてきたが、私の人生は社会的には失敗だった。それは自分が招いたものだし、自分の才がこの程度のものだったというのは、生きていると納得する。後悔はないわけもないが、いつのまにか薄れる。過ぎたことだ。 人を羨む気持ちもないわけではないというか、ふつっと折に触れてわき上が

    曇り - finalventの日記
    namgen
    namgen 2010/07/06
    cela s'est passé
  • 曇り - finalventの日記

    蒸し暑い。午後に少し雨が降るらしい。 桑田の歌を聴きながら、ふっと研ナオコの歌に移る。 ⇒YouTube - 研ナオコ 夏をあきらめて このあたりはよいと思うのだけど。 こうなるともう受け付けない。 ⇒YouTube - 窓ガラス 中島みゆきは苦手。 このあたりの心情はわからないではないけど⇒YouTube - 中島みゆき 「世情」 包帯のような嘘を見破ることで 学者は世間を見たような気になる シュプレイヒコールの波、通り過ぎてゆく 変わらない夢を流れに求めて 時の流れを止めて変わらない夢を 見たがる者たちと戦うため その腐り果てた姿が今の政権。

    曇り - finalventの日記
    namgen
    namgen 2010/06/27
    finalvent
  • 晴れ - finalventの日記

    朝の風は涼しい。六月かぁ。なんかため息ばかりつきそうだ。 このところ、手製ジンジャーエールをよく作る。作り方はよくわからなかったので試行錯誤した。結局、ショウガをスライスして国産レモン(皮も使うので)を入れ砂糖で煮るだけだだが、4時間くらい煮る。スロークッカーを使う。鍋で煮てもよいのかもしれないが、スロークッカーが空いているときに入れておけば自動的にできているのがよい。じっくり煮るせいか、生のショウガのえぐみみたいのはない。辛みはきっちりあるし、ショウガのよい香りもある。レモンの香りと合う。飲むときは、炭酸水で割る。お湯で割ってもうまい。水でもよい。

    晴れ - finalventの日記
  • 薄曇り - finalventの日記

    昨晩、気になることを調べていていささか就寝時間が遅れ、おかげで寝坊した。ああ、そのわりに深夜の暴風の音を聞いていたから眠りは浅かったか。明け方、ぼんやりとふつふつとわいてくる記憶を見ていた。母親の実家の縁側の籐椅子を思い出した。不思議な気がした。いろんなものが記憶に埋まっているのか。ときおり、嗅覚と連想されて不思議な思い出が蘇ることはある。なんのために記憶を溜め込み、そしてそれを放出してこの世を去っていかなくてはならないのだろう。とか、人生モードで考えると、つい「愛」とも連想する。愛も、長く生きてくるとというか50歳も超えると、一つには記憶になる。別の面では、ああ、愛とはこういうものであったかと思うこともある。▼世間は連休になるらしい、ということは明日も休日か。お彼岸である。和菓子にはお萩(ぼた)が売っていて、好みの胡桃餡を買った。美味しいなと思う。魚屋によって少しばかり背徳の思いを隠し

    薄曇り - finalventの日記
  • 曇り - finalventの日記

    天気予報では雪とあり、外に出てみると、霧雨のようでもある。昨日、Twitterで沈丁花の匂いの話があり、そういえば私も感じたなと、つぶやく。ミツマタも咲いてましたよとレスをもらう。ミツマタか。あれも美しいものだなと思う。ミツマタといえば、コウゾ・ミツマタと言葉が浮かぶ。今の子どもたちにわかるかなとふと思う。だんだん、自分の心が老人になっていくのだが、そういう意味での心の老化というのは自然的なのかもしれない。私は、人にものを教えるということのアンビバレンツをついに克服できない。私はおそらくいわゆる教え魔の部類だが、愛情と根気と自信に欠ける。つまり、社会的によくないタイプの人間である、という自覚はある。だが、これがねじれて出てくる。私は、これも失笑を買うのかもしれないが、自分ではたいした頭ではないし、知識はないなと自覚している。だったら、なにも言うなよということではあるのだが、適当な距離で、ぼ

    曇り - finalventの日記
  • 晴れ - finalventの日記

    身近でインフルの第二派が来ているようだ。季節性だろうか。A型らしいが。夢をくっきり見て、はっと未明に目覚める。悪夢ということではないが、母と乗っていたタクシーにぼられるという話。まあ、いいですが、裁判沙汰にしましょうかと淡々と私が交渉していくうちに相手がひきさがる。白い噴水の建物が印象的だった。さて目が覚めて寝付かれないかと思い、歴史の話をたんたんと聞いているうちに寝た。大正時代の話だ。父親が1925生まれだが、あと15年すれば彼の生誕100年かとか思った。 先日のエントリに間違いがあった⇒「愛は花、君はその種子」と「The Rose」: 極東ブログ 忍耐強くコメントをくださった通りすがりさんに感謝したい。と、同時に、なんか自分の未熟さを思った。この年で未熟というのもなさけないものがあるが。

    晴れ - finalventの日記
  • 曇り - finalventの日記

    夕方には雨になるらしい。ネットの閲覧がパソコンから離れると、この日記やブログの使い方、さらにはネット特有の喧噪の感受性も変わる。SNSTwitter的な、池信先生のおっしゃるところのS/N比の低いほうに移る傾向はある。また、情報に対してより被受的になる。これがもうすこし定着すると、発信への別の意欲になるのだろうか。考えてみると、この数日はブログを書いていない。年寄り向けのデカiPhoneがあってもよいのかもしれない、とか、書くと、爺、老眼とか身体差別を受けるかな。老眼はないのだけど。▼夢は覚えていない。

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  • そういえば満点パパ 減点パパでした - finalventの日記

    もう昔ということになるが、お笑いオンステージで三波伸介が満点パパというのをやっていた。 ウィキペディアを見ると、1972年4月8日から1982年4月4日まで放送とある。10年やっていたのかと思う。というか、私の思春期から青春期をカバーしていた。 先日、ドライブしていて、ふと、あのパパたちは今の私どころの年齢ではないぞ、若いぞと思った。子どもたちは10歳ほどではないか。当時は25歳くらいには結婚しているから、パパたちは30代半ばではないか。 そういえば三波は早世だったな、いくつかと調べて、52歳であると気がついた。「びっくりしたなあ、もう!」 泣けるな。死因は解離性大動脈瘤破裂だったともある。無茶な芸がたたったことはたしかだ。早野凡平も50歳で癌なくなったが、やはり芸がたたったという印象がある。 今思うと、命を削るような芸だったし、あのなかに大衆というものがあった。大衆がその意識を芸人に顕す

    そういえば満点パパ 減点パパでした - finalventの日記
  • はてぶの非表示機能ボタン - finalventの日記

    ⇒ コメント一覧非表示機能の改善について - はてなブックマーク日記 - 機能変更、お知らせなど いいんじゃないかな。naoyaさん、ごくろうさま。(ハックルさんご苦労様かもしれないに見える文脈でもあるが。) これをもう少し拡張して、他のサイトからもパスワード照合とかオープンIDみたいのので紐付きの仕組みができれば、はてぶの制度的な問題は解決する。あとはもうすこしナッジを改善すべきだろうが、よくわからない。 ちなみに⇒はてブ非表示テスト - finalventの日記 ここでも書いたけど、検索すればブコメは出てくる。まあ、ブコメを書くなという問題ではないので、それはそれで。 つまり普通は非表示のように見える⇒はてなブックマーク - はてブ非表示テスト - finalventの日記 でも実際は非表示ではないのはこうね⇒はてなブックマーク - 新着ブックマーク - d:id:finalvent

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  • そこが東アジアの日本近代史の滑らかな浸潤のような部分 - finalventの日記

    ピエール先生⇒<中国人>の境界 - 梶ピエールの備忘録。 その「揺れ」を体現したのが孫文の民族観である。「華夷之弁」を唱える革命派の領袖でありながら、一旦中華民国が成立すると「大一統」の系譜につらなる「五族協和」をスローガンとして取りいれ、さらには同化主義を前面に出した「中華民族の創設」へ、さらには民族自決を掲げたコミンテルンとの政治的妥協と、この「革命の父」の<中国人>観は、麻生総理も真っ青なくらい大きくブレ続けた。 中国共産党自体も初期の陳独秀のころはコミンテルンの方針に沿った民族自決・連邦制路線を踏襲していたのが、その後よりプラグマティックな民族区域自治へと大きく転換し、中華人民共和国成立後は清朝の版図を引き継ぐ「大家庭」に各民族が属する、という図式を自明にするにいたった。 単純な同化主義=大漢族主義を戒める費孝通の「中華民族多元一体論」が公式見解として確立した現在でも、その枠組みに

  • 終風の忠告 - finalventの日記

    生まれつき負け組のやつが勝ち組をマネするのは愚かさが加算された分だけ悲惨。 疑念にかられたときは最悪の可能性を避けるように手を打つ。 人生が短いと思うのは50歳過ぎてから。 病気になったら人生のリングは変わる。 クレジットカードは上手に使えばお財布ノート代わり。 議論に勝とうするやつは勝ち続けるまでデッドヒートする愚か者。 泣ける話で泣いているなら、人生泣きはこれから。 神に怒ってもよいが、その前にユダヤ教に改宗。 会社に財形があったら入っておけ。 チョコレートはヨーロッパものに限る。 自分で過去を忘れても過去はあなたを忘れない。 子どもを泣かせる親はすぐれた反面親。 他人の境遇と比べてもカネがなければ無駄。 秘密の関係はばれたときがエクスタシー。 すべてのことは一瞬で変わる。それがあなたのご臨終。 深呼吸しすぎると過呼吸パニック。 無用なものを取り除こうとするならまず自分の存在から。

    終風の忠告 - finalventの日記
  • 無益な殺生はするもんじゃない - finalventの日記

    と、子どものころよく言われたものだった。 誰に言われたのかよくわからないが、まあ、言われたものだった感はある。 で、この言葉、いつからか聞かれなくなった。 私が聞かなくなっただけかもしれないが。 考えてみると、「無益な殺生はするもんじゃない」というシーンがなくなったな。 害虫だから駆除しちゃえみたいな、「害虫だから」という正義に対して、命が大切とかじゃなくて、正義だからやっちゃえってするなよ、そいつらはそいつらで生きている世界があるんだよみたいな。「正義」の限界の感覚があった。 いや、ちょっと、無益な炎上はするもんじゃないとも思ったのだけどね。 無益な議論はするもんじゃないとは言えないだろうけどね。 話戻して。 歎異抄を読みながら、唯円が、百姓というか農民というのは、いや農民と限らず百姓か、は、必然的に殺生しなければならない、つらいのぉという感じがあって感慨深いものだった。 中世の人々は殺