単身フランス・パリに渡り、「素晴らしき乳白色の地」と賞賛される肌表現で高い評価を受けた日本人画家・藤田嗣治(レオナール・フジタ)。彼の渡仏100周年を記念するこの展覧会では、藤田がパリで過ごした1913~1931年にスポットを当て、エコール・ド・パリの寵児「フジタ」誕生の軌跡を辿ります。 藤田嗣治の写真 (1928年) (C) Courtesy Archives Artistiques,Paris 2013 1913年の夏、藤田嗣治(レオナール=ツグハル・フジタ、1886-1968)は画家を志し単身、船でフランスをめざしました。 マルセイユ経由でパリに辿り着いた藤田は、すぐさまフランスでの生活に溶け込み、芸術家として注目されるようになります。 当時のパリでは外国からやってきた数多くの芸術家たちが活躍しており、モディリアーニらの画家仲間たちと親しく交友し、アンリ・ルソーにも深く傾倒しながら、