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ブックマーク / asmodeus-db.hatenablog.com (2)

  • 震災に対して被災者であり援助者でもある人はどうすればいいのか - じゃがめブログ

    今、宮城を中心に未曽有の災害が発生しています。私は阪神大震災の際にも被災していますが、東京に住んでいる若い人を中心に、殆どの人が初震災になると思います。 こう言ったとき、被災者であり援助者でもある人がまずおこなうべきことは、落ち着くことです。今、テレビでは惨状が映されてツイッターなどソーシャルコミュニティサイトも荒れています。悲の感情に触れると、悲の感情を持っていなかったで人もそちらに振れてしまう。そんなときに体調が悪いと、加速度をつけて悲の螺旋に巻き込まれてしまいます。 まず、自分をしっかり持って、元気に精神的に大丈夫な状態に持っていく。そうやってこそ、被災者としても援助者としても動ける。 余裕を持って、余震対策・ライフライン停止に対する心構えをしましょう。 簡易・自律訓練法 自律訓練法という、一種の自己催眠のようなものがあります。 慣れないと効果は薄いですが、それでもリラックス効果があ

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  • 東北関東大震災で義心を感じる人へ 持続不可能な感情と継続可能なシステムについて - じゃがめブログ

    突然ですが、ほんの少しだけ私語りを。 今から16年前の1995年1月17日、私は阪神淡路大震災を経験しました。 当時の我が家は尼崎市にあり、最も損壊の大きかった地域からはやや遠かったのですが、それでも家は半壊しライフラインは完全に寸断されました。最も復旧が早かった電気でも数日、遅かった水道・ガスは数ヶ月間停止したままでした。 学校に行くために自転車で訪れた神戸の街は散々な様子で、倒れるところを想像したこともない高速道路が横転し、ビルが横倒しになる。当然のごとく交通網は完全に寸断され、大阪−神戸間を結んでいた阪急・JR・阪神は全て不通となりました。また、当時最寄り駅であった阪急伊丹駅駅舎のタミータウン(当時・現在は阪急伊丹リータ)は完全に壊滅し、目にしたときはショックで目眩がしたものです。 その交通網なのですが、これが復旧して開通するまでどれくらいの期間が掛かったか、覚えてる人はいるでしょう

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