秀頼「大名を城壁から落とす」=大坂夏の陣記述の書簡発見-日文研 オランダ平戸商館の東インド会社職員が商館長に宛てた書簡の写し。大坂夏の陣の際の城内の様子を記している(国際日本文化研究センターのフレデリック・クレインス准教授提供) 大坂夏の陣で、徳川家康に寝返ろうとたくらんだ大名が豊臣秀頼に「城壁から落とされて死んだ」。国際日本文化研究センター(京都市)のフレデリック・クレインス准教授は21日、長崎駐在の東インド会社職員の書簡などを分析したところ、大坂冬・夏の陣の詳細が記されていたと発表した。 オランダ・ハーグ国立文書館所蔵で、1609~33年の長崎・平戸のオランダ商館文書の写し524点を、同ライデン大と共同で分析した。 夏の陣が終わった直後の1615年6月11日付で、東インド会社職員が京都滞在中に聞いた話を商館長に報告した書簡には、「秀頼の数人の大名が、赦免が得られると考え、家康側に寝