酒、タバコ、茶、コーヒー……栄養の摂取ではなく、香味や刺激、覚醒や鎮静を得るための飲食物を、われわれは「嗜好品」と呼ぶ。人類はなぜ、一見すると生存に不可欠ではなさそうな嗜好品を求めるのだろうか。 そもそも「嗜好品」は日本語に特有で、他国語に訳すのが難しい不思議な言葉だ。初めてこの言葉を使ったのは、森鴎外と言われる。1912年に発表した短編小説『藤棚』で、嗜好品を「人生に必要」な「毒」にもなるものと表現した。薬にも毒にもなる、曖昧さと両義性をはらんだ「嗜好品」。連載シリーズ「現代嗜好」では、その存在意義や未来を、日本の第一線の知識人との対話を通じて探っていく。 第1回は、人類学者/霊長類学者の山極壽一を訪ねた。前編では、類人猿の食行動、「農耕と牧畜」の革命が及ぼした変化を題材に、嗜好品の成り立ちを語ってもらった。続く後編では、危険を承知で行われる嗜好品の分かち合い、その際に求められる文化的作