講談に関するonboumaruのブックマーク (11)

  • 波の白雪 名刀捨丸の由来 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-

    こんな話がございます。 羽州米沢の領主上杉家に、古刀が一振りございまして。 その名を「波の白雪」、又の名を「捨丸(すてまる)」ト申しますが。 持ち主の心映えを映す鏡トモいう、至極の名刀でございます。 かつて上杉家にてお家騒動が起きた際は。 刀身が赤く染まったトモ申します。 妖刀ト申すべきかもしれませんナ。 さて、木曽山中、切岸(きりぎし)の在に。 治兵衛ト申す百姓がございまして。 この者に年の離れた二人の倅がございました。 兄は治太郎、弟は治三郎。 兄の治太郎は幼いころから勝手気まま。 おまけに手癖が悪いときております。 十六の年に勘当されて村を出ていきまして。 それっきり行方知れずでございます。 一方の治三郎は、これはまじめで働き者でございます。 父母に孝養を尽くし、近所の人にも愛想がいい。 かてて加えて眉目秀麗の美男子ときておりますので。 誰からも好かれ、二親も大層自慢にしておりました

    波の白雪 名刀捨丸の由来 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-
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    onboumaru 2017/07/17
    講談「名刀捨丸の由来」より。
  • 吉田御殿 千姫乱行 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-

    こんな話がございます。 番町皿屋敷ト申しますト。 これはもう、芝居の方で大変に名が知られておりますが。 あの皿を一枚、二枚――ト数えるくだりは。 実はある種の洒落でございます。 ト申しますのも、あれは元々「皿屋敷」ではない。 「更屋敷」ト書くのが当でございまして。 では、何故「更屋敷」が正しいのかト申しますに。 ここに、ひとつ恐ろしい由来が伝わっている。 時は元和元年五月七日。 大阪城は徳川方に攻め入られ。 今しも落城せんとしております。 茶臼山にて戦況を見守っていた家康公は。 城から火の手が上がるのを目にされまして。 「誰かある」 「ハッ――」 「城中へ忍び入り、千姫を救い出して参れ。厚き褒美を取らせるぞ」 「ハッ――」 千姫は言わずと知れた豊臣秀頼公の御簾中。 家康公には可愛い孫娘にございます。 ここで無事、姫を救出してくれば、これほどの勲功もございません。 ところが、敵陣はすでに火

    吉田御殿 千姫乱行 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-
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    onboumaru 2017/04/04
    講談「番町皿屋敷」より
  • 修羅道 佐倉惣五郎 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-

    こんな話がございます。 余り知られていないことでございますが。 戦国の世においては、百姓は存外丁重に扱われておりました。 ト申しますのも、百姓がいなければ兵糧が集まらない。 軍勢も大半はその実が領内の百姓でございます。 扱いを間違えると、他国の領主のもとへ奔ってしまう。 するト、敵の軍勢の一部となってこちらへ刃を向けてきかねません。 そのため、たとえ百石穫れる土地柄でありましても。 百姓が七十石しか穫れなかったト申せば、受け入れるよりほかにない。 江戸ご開府以降も、その慣習が各地に残っておりました。 さて、時は四代家綱公の御世。 その頃、下総国印旛郡佐倉の領主は、堀田上野介正信ト申しまして。 その父は、三代家光公薨去に際して殉死したという、忠臣堀田正盛。 幕府老中も務めた譜代大名でございます。 佐倉領はこの正盛の頃から、年貢の取り立てが厳重になりました。 どんぶり勘定を改め、領内の田畑を細

    修羅道 佐倉惣五郎 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-
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    onboumaru 2017/01/13
    講談「佐倉惣五郎」より
  • 妲己のお百(五)峯吉殺し | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-

    (芸者美濃屋小さんに変じたお百。追ってきた桑名屋を誘い出して殺す) お百の新しい金づるとなった美濃屋重兵衛でございますが。 旅商人ゆえ、いつも家を留守にしております。 その分、お百は毎日を気楽に過ごしている。 だがそれも、旦那が金を持って帰ればこそ。 留守があまり長く続くと、自分が遊ぶ金がない。 お百は毎日座敷へ出てせっせと稼ごうというような。 殊勝な心がけの女ではございませんので。 そのうちに座敷へも出ず、方々から金を借り。 家にこもって酒ばかり飲むようになった。 時は正月七日頃。 朝から雪がちらほら降っている日で。 お百の小さんはひとり三味線を爪弾きながら。 小唄を唄い、銚子を傾けている。 ト、そこへ――。 「雪はしんしん 夜(よ)もその通り どうせ来まいと真ん中に ひとりころりと膝枕――」 どこからか聞こえてくる門付けの唄い声。 同じく女の声で小唄を唄っております。 病み上がりか、声

    妲己のお百(五)峯吉殺し | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-
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    onboumaru 2016/10/17
    講談「秋田騒動 妲妃のお百」より
  • 妲己のお百(四)美濃屋小さん | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-

    (先の亡霊に滅ぼされた桑名屋。お百の入れ知恵で金を詐取し、江戸へ出奔) 桑名屋徳兵衛は罪の意識と先の亡霊とに追われた末に。 橋の欄干から身を投げようといたしましたが。 すんでのところでこれを救いましたのは。 美濃屋重兵衛ト申す、旅商人(たびあきんど)でございます。 年の頃は五十絡みでございますが。 背が高く、色の白い男前でございます。 「夫婦のことに口を挟む気はございませんが、橋の上で生きるの死ぬのと物騒な話。ともかく、私の家へおいでなさい。ゆっくりと話を聞きましょう」 徳兵衛もお百も、地獄で仏に出会ったような気持ちになりまして。 喧嘩をやめて、素直に後に付いていきます。 芝汐留までやってまいりますト、立派な構えの家がございまして。 重兵衛はそこに手伝いの婆さんと、二人で住んでおりました。 「先程から言葉遣いを聞いておりますと、どうやらお二人とも上方からお出でのようでございますな」 重

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    onboumaru 2016/09/22
    講談「秋田騒動 妲妃のお百」より
  • 妲己のお百(三)おきよの亡霊 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-

    (海坊主に憑かれたお百が、桑名屋の女房を理不尽に追い出し、死に追いやる) さて、お百の義理の兄である、棒手振り魚屋の新助でございますが。 おきよの残した赤ん坊を、男手一つで必死に育てました。 近所の者たちもこれに大層同情いたしまして。 魚を買いがてら、乳飲み子の面倒を見に集まってくる。 新助が切り身にしている間に、脇に連れて行って乳をやる者もございます。 血は繋がっていないとは言うものの。 己の義理の妹が、この子にとっては親の仇。 きっとこの小父貴が、助太刀をいたしましょうト。 赤子の成長ばかりを心の支えに、日々を暮らしておりますが。 そこはやはり、男やもめでございますから。 一日中、商売と子育てに追われておりますト。 長屋に戻った時分には、すっかり疲れきっている。 赤子を抱いたまま、いつの間にかグウグウと寝てしまいます。 そうして夜中に、ふと目を覚ますのが常でございましたが。 ある晩のこ

    妲己のお百(三)おきよの亡霊 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-
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    onboumaru 2016/09/15
    講談「秋田騒動 妲妃のお百」より
  • 妲己のお百(二)桑名屋乗っ取り | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-

    こんな話がございます。 これから幾回かに分けまして。 「妲己のお百(だっきのおひゃく)」の悪行譚をお話しいたしますが。 今回、お百はまだ出... (大坂の廻船問屋、桑名屋。先代が斬った海坊主の怨霊が、十数年の時を経て甦る) 大坂に雑魚場(ざこば)ト申す、生魚の市場がございまして。 問屋は軒を連ねており、仲買人も溢れんばかりの賑わいで。 江戸で申せば、まず日橋魚河岸といったような土地でございます。 この雑魚場の外れに、新助と申す棒手振りの魚屋がございました。 棒手振りを生業トする者は、お得意先がなければなりません。 たらいに生魚を載せて、天秤棒で担ぎますので。 あてどなく歩いていては、あっという間に魚が腐ってしまいます。 ところがこの新助には、お得意というものがまだございません。 その日も、取り敢えず腐らぬうちに売りさばこうト。 あっちへこっちへ、盤台を担いで走り回っておりましたが。 ちょ

    妲己のお百(二)桑名屋乗っ取り | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-
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    onboumaru 2016/09/07
    講談「妲己のお百」より
  • 妲己のお百(一)海坊主斬り | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-

    そも、妲己のお百とは何者かト申しますト。 殷王朝最後の王たる、紂王(ちゅうおう)の治世に。 妲己ト申す絶世の美女がございましたが。 これは同時に稀代の悪女でもございました。 唐土(もろこし)の三代悪女のひとりに数えられているほどでございまして。 俗に「酒池肉林」なる言葉がございますが。 これは、この女の贅沢三昧を揶揄して生まれたものでございます。 その妲己をも凌ぐ悪女であるということから。 不名誉にもその名を冠せられましたのが。 我が日のにおける毒婦の総裁、悪女の元締め。 妲己のお百ト申す、実にけしからぬ女でございます。 ご承知の通り、出羽秋田藩は、佐竹侯の御領地でございますが。 そのお抱えの御用船頭に、桑名徳蔵ト申す者がございました。 御用船の雷電丸に、領主佐竹家の米を積み込みまして。 大坂中之島の佐竹家蔵屋敷へ運びこむのが役目でございます。 ある年の十月十日に、徳蔵はお預かりした米を

    妲己のお百(一)海坊主斬り | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-
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    onboumaru 2016/08/17
    講談「秋田騒動 妲己のお百」より
  • お岩出生譚 重助殺し | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-

    こんな話がございます。 江戸麹町に中田屋ト申す店がございまして。 そこに、伝蔵ト申す篤実者の奉公人がございました。 真面目な男ですので、主人も非常に目にかけて、かわいがっておりましたが。 篤実者だからト、色気がないかト申せば、そんなことはございません。 いつしか、主人の娘、おみつと深い仲になってしまった。 しかも間の悪いことには、おみつがやがて伝蔵の胤を宿してしまいまして。 追い詰められた二人は、以前奉公していた吉兵衛という男を頼っていく。 吉兵衛から見れば無分別な二人ではございますが。 そこは旧主の娘御とその情人でございますから。 二人の代わりに、中田屋の主人に詫びを入れに行ってやりました。 ところが、父親は事態のゆゆしきことを知って、すでに激怒している。 「七度転生しようと、もう親子ではない。二度と帰参は許さぬ」 ト、まるで取り付く島もない。 ところが、母親の方は、これはやはり大事な娘

    お岩出生譚 重助殺し | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-
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    onboumaru 2016/08/08
    講談「重助殺し」より
  • 大岡政談 白子屋お熊 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-

    こんな話がございます。 享保の頃。 日橋新材木町に軒を連ねる材木問屋のうちの一軒に。 白子屋という大店がございました。 この店に、江戸中で評判の美人がおりましたが。 それが、名をお熊ト申す、一家の一人娘でございます。 年はこの時、二十三でございました。 大店の一人娘で、かつ大層な美人ときておりますから。 誰が白子屋の富とお熊の美貌を一手に収めるのか。 つまり、誰が白子屋の婿養子に収まるのかト。 そんな話題が、長らく江戸中を賑わせておりました。 それが、五年前、お熊十八の年に決着がつきまして。 白子屋の婿として迎えられたのは、又四郎ト申す地味な四十男でございます。 さて、この白子屋の身代が大きく傾いたことがございましたが。 それがほかでもなく、又四郎が婿入りする前後のことでございました。 お熊にはまるで姉妹のようだと評される母親がおりました。 名をお常ト申し、年は四十を過ぎておりますが。

    大岡政談 白子屋お熊 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-
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    onboumaru 2016/07/27
    「大岡仁政録」より
  • 講談の怖い話より 「戸田の渡し お紺殺し」 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-

    こんな話がございます。 昔、恋の遺恨から吉原遊郭において百人もの人間を斬り殺した者がおりました。 名を佐野次郎左衛門(さの じろざえもん)と申す、下野国佐野の豪農でございましたが。 これが世に言う「吉原百人斬り」でございますナ。 これからお話しいたしますのは、その父、次郎兵衛(じろべえ)の悪業でございまして。 次郎左衛門の父、次郎兵衛は内会師でございました。 ト申しますと、結構なご身分のように聞こえますが。 何の事はない、内会師というのはすなわち博奕打ちのことでございます。 ある晩、次郎兵衛は自身が住まっている長屋の木戸内で、かんざしを一つ拾いました。 家に帰って灯りに照らしてみるト、それが思いもかけない上物で。 とても長屋のかみさん連中が持っていそうな代物じゃない。 「そう言えば、この長屋の一番奥に囲い者がいたっけな」 その囲い者と申しますのが、江戸節のお紺の肩書を持つ、二十一、二の別嬪

    講談の怖い話より 「戸田の渡し お紺殺し」 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-
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    onboumaru 2016/06/03
    講談「吉原百人斬り」より
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