こんな話がございます。 平安の昔の話でございます。 さる国の山中をひとり行く僧形の者がございました。 鹿の角を付けた杖を突き、鉦を叩いて諸国を廻る。 方々で阿弥陀如来の本願を説いて歩きます。 世にいう念仏聖(ひじり)でございますナ。 さて、この壮年の聖の少し先を、旅の荷物を背負った男がひとり。 少し歩いては振り返り、少し歩いてはこちらを振り返りしております。 「さて、あの男はどうしてこちらをちらほら窺っているのであろうか」 ト、聖も奇妙に思し召さるる。 人気(ひとけ)もない森の中の一本道でございます。 後ろをしきりに気にしているということは。 とりもなおさず、聖の存在を気にしているのに違いない。 「あの者も阿弥陀仏の救いを求めているのであろう」 聖はそう合点いたしまして。 そのうち追いつくであろう。 その時は求めに応じてやろう。 ト、考えた。 やがて道は坂に差し掛かる。 その坂を登りつめた