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権威に関するorticaのブックマーク (8)

  • 本の記事 : 山口昌男さんを悼む 知の世界、笑って揺らした 中沢新一 | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト

    私たちの世代にとって、山口昌男はじつに偉大な解放者だった。1970年代、世の中ではきまじめであることが美徳とされ、自分のしていることは正しいと誰もが思いたがっていた。その時代に山口昌男は知識人たちに向かって、そんなつまらない美徳は捨てて、創造的な「いたずら者」になれ、と呼びかけたのである。 その呼びかけは、硬直した左翼思想にうんざりしていた多くの若者の心に確実に届き、「いたずら者」のイメージ(それを山口昌男はしゃれて「トリックスター」と呼んだ)は、たちまち知的世界の流行になった。文化人類学という戦後にアメリカから輸入された新しい学問までがその影響を受けて、哲学にかわって知的世界の前線を開く、ずいぶんとかっこうのよい流行の学問になった。 山口昌男の大胆不敵な行動力には、もっと驚かされた。北海道生まれの彼は、土地の呪縛からも十分に解放されていて、アフリカでもメラネシアでもヨーロッパの片田舎でも

    本の記事 : 山口昌男さんを悼む 知の世界、笑って揺らした 中沢新一 | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト
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    ortica 2013/07/19
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  • 「吉田神道の四百年」書評 神使いの「仁義なき戦い」|好書好日

    吉田神道の四百年 神と葵の近世史 (講談社選書メチエ) 著者:井上 智勝 出版社:講談社 ジャンル:新書・選書・ブックレット 吉田神道の四百年 神と葵の近世史 [著]井上智勝 まさに吉田神道を主軸に据えた神道各派の「仁義なき戦い」である。 きっかけは、応仁の乱にともなう社会の混乱を利して、日中の神を統率する「神使いの覇者」を目指した吉田兼倶(かねとも)の野望にあった。この人、社会と人心の荒廃に嫌気のさした伊勢のご神体が「神宮を抜け出して吉田神社の斎場所に飛び移ってきた」と称し、伊勢の権威を奪い取ってしまう。また神道界のトップ神祇(じんぎ)伯・白川家と同等の肩書を創設し、神位・神職の位階を授与する権限を掌握する。 仕上げに、吉田神道は死んだ家康を神に格上げする寸前まで行くのだが、当時ローカルな神道だった「山王一実神道」での祭祀(さいし)を推す天海僧正に阻まれる。 正一位の位階を分霊とセット

    「吉田神道の四百年」書評 神使いの「仁義なき戦い」|好書好日
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    ortica 2013/07/19
    [h:keyword:isbn:9784062585453][h:keyword:吉田神道]
  • 「一四一七年、その一冊がすべてを変えた」書評 教会も受容した死を超える快楽|好書好日

    一四一七年、その一冊がすべてを変えた 著者:スティーヴン・グリーンブラット 出版社:柏書房 ジャンル:エッセイ・自伝・ノンフィクション 【ピューリッツァー賞ノンフィクション部門(2012年)】【全米図書賞】長い間失われていた写。そこにはきわめて危険な思想が記されていた。千年の時を経た15世紀、再びその姿… 一四一七年、その一冊がすべてを変えた [著]スティーヴン・グリーンブラット イタリア・ルネサンスの大物が活躍する半世紀ほど前の15世紀初頭、教皇秘書として古典写の蒐集(しゅうしゅう)翻訳に携わったポッジョ・ブラッチョリーニが、立場を逸脱してまで救済した一冊の「超奇書」にまつわる歴史物語である。 込み入った内容だが、逸話やイメージを随所に提示する手法のおかげで、流れの勘所を見失う不安はない。たとえば巨匠ラファエロの大フレスコ画「アテナイの学堂」が出てくる。古代ギリシャからアジアに及ぶ多

    「一四一七年、その一冊がすべてを変えた」書評 教会も受容した死を超える快楽|好書好日
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    ortica 2013/04/28
    [h:keyword:isbn:9784760141760][h:keyword:1417年]
  • 『普通の人はどう生きていけばいいのか?/MBAとゲリラ屋台』 - ゴムホース大學

    最近、わが国では、あらゆるシステムが『メルトダウン』している。 そんな中、ふと思うと、ホワイトカラーとして育てられ、教育を受けてきたのに、ホワイトカラーになれなかった人のジレンマは深刻だ。この部分が一部の大学生を含む若い世代の閉塞感に関係している気がする。 (参考画像:人を介した情報採掘は海の底を這う深海魚のような試み) 彼らは就活失敗を初めとしてホワイトカラーのレールに乗れない。もしくは運よく乗ってもそのレールが安泰でないということを知っている。もしかすると従来のフレームが壊れ始めていて、生き方のビジョンを失っているのかもしれない。 ずばっ!とリヤカー引いてたこ焼き屋台でもしたくても、気持ちを切りかえれないジレンマを抱えている人も多い。こういったジレンマは当事者個人だけならば大したこともないが、『親の期待』や『世間の目線』が入る為、けっこう凄まじいかったりする。(会計士補の研修先も怪しい

    『普通の人はどう生きていけばいいのか?/MBAとゲリラ屋台』 - ゴムホース大學
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    ortica 2012/03/30
    [h:keyword:屋台]
  • 史上最大の「悪政の自由」を享受した権力システムの崩壊 - アンカテ

    この件でひとつだけ言えるのは、「異常だ」ということだ。 全くその通りで、何が真実かはわからないけど、とても異常なことが今起こっていると思います。 そこで、ちょっと引いて考えてみたいと思います。つまり、歴史的な観点からこれを見てみたい。 マスコミの報道には明かに偏りがあります。別に大げさな陰謀論を唱えなくても、普通に2ちゃんねるを見てから新聞とテレビを見れば、様々なレベルでダブルスタンダードがあることは一目瞭然だと思います。それを見ていて感じるのは、情報を握るということがいかに大きな権力であるかということ。 我々にとって「っていけない」という表現はほとんどの場合比喩です。「っていけない」状態とは、べるものはあるけどそれ以外の自由を享受するだけの経済力が無いことを指します。当の意味でべ物が無くて生存を脅かされる人は極めて例外的なことで、それを心配しなくてはいけないのはごく少数です。

    史上最大の「悪政の自由」を享受した権力システムの崩壊 - アンカテ
  • 初期近代における「クリスマス終了のお知らせ」 - オシテオサレテ

    「仮庵の祭からサトゥルナリア祭へ:16世紀の年代学でのクリスマスへの攻撃」Carl Philipp Emanuel Nothaft, "From Sukkot to Saturnalia: The Attack on Christmas in Sixteenth-Century Chronological Scholarship," Journal of the History of Ideas 72 (2011): 503–22. http://muse.jhu.edu/login?uri=/journals/journal_of_the_history_of_ideas/v072/72.4.nothaft.html 1600年代の初頭、とあるプロテスタントの学識者は次のように言いました。 もし私が60年前に我らが主[キリスト]は12月25日に生まれたわけではないと言ったならば、私は焼き

    初期近代における「クリスマス終了のお知らせ」 - オシテオサレテ
  • 長文日記

  • 日本におけるリテラシー教育の不可能性 - こころはどこへゆくのか (Hatena blog)

    以前どこかで書いたつもりでいたけれど、調べると書いていなかったので、メディアリテラシーと教育について、まとめ&覚え書き代わりに書く。 まず、(1)ワードとエクセルで生徒を遊ばせれば「情報」教育だとか思ってる人々はちょっと置き去りにしておきたい。そんなものはコンピューター(というかソフトウェア)の活用練習に過ぎない。また(2)ニュース映像やコマーシャルの分析をして「メディア・リテラシー教育」と言ってる人たちも、それはそれで大切なことだと思うがちょっと問題としては枝葉に属するのでまあ置いておく。映像メディアは確かに分析素材としては面白いし諸外国で行われているその手の授業が成果をあげていることも重要なのだが、それらは当は他の教科で知らず知らず行われているもっとおおきな「リテラシー教育」をベースに成り立っているので、それを理解せず日に持ち込んでもおそらく失敗せざるを得ないと思う。 自分が取り上

    日本におけるリテラシー教育の不可能性 - こころはどこへゆくのか (Hatena blog)
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