ブレンパワード〈1〉深海より発して (ハルキ文庫) ブレンパワード〈2〉カーテンの向こうで (ハルキ文庫) ブレンパワード〈3〉記憶への旅立ち (ハルキ文庫) いつもの富野由悠季による、大幅な改変を伴うノベライズと違い、富野監督の構成に沿って脚本家の一人である、面出明美さんがアニメに忠実に、1章=1話で書いてます。 面出明美さんはヤダモンも書いてて、その小説版も持ってます。ヤダモンのお母さんが、ボクの脳内彼女の元になった一人と言うか、もう、いい女なんだ。 読んでませんけど。 こないだDVDが出たので、それを見るときに同時並行で読もうかな。と。 で、ブレンパワードの小説も、1章ずつ、感想を書く前に読んでるんですけどね。 とてもおもしろい。 トミノの筆ではないので面白いかどうか不安だったのだが、面白い。 アニメに忠実ではあるのだが、退屈な感じはせず、むしろ心理描写や背景説明などの小説の得意分野
脚本:面出明美 絵コンテ・演出:西森章 作画監督:津幡住明 とにかく、なんだかやる気がなくて勉強ができない間に、精華大学でブレン感想を追いつかせてしまおうと言うわけで、1話分、さらっと書いてみよう。 べ、別にあんたたちに読んで欲しいんじゃないんだからね!ブログなんて時間の浪費なんだから! アニメを見たって、感想を書いてない作品のほうが多いんだからね!感想ブログなんてやるもんですか! 感想ブログを読んでる暇があったら本編を見たほうがよっぽど一見にしかずだわ! ただ、富野作品は回避性人格障害をわずらっていても回避できないほどの求心力があって、感動を外に吐き出さないと脳がいっぱいになってしまうから仕方なく書いてるだけなんだから! 私は病気なのよ! はいはい、くまくま。 というわけで。萌えポイント。 ヒギンズがすごいことになった。ヒギンズのことは、あの当時にはやった綾波レイ系のクール&メンヘル&お
オープニング。さあ、はじまるぞ! アイキャッチ。おお、これで半分か。 エンディング。あー。おもしろかったー。 やっぱり、富野アニメを見てるときは僕も妹も集中するので喋ったり出来ないな。 それで見終わったら巻き戻しの余韻に浸りながら、2人で何度も「おもしろかった!おもしろかった!」と言う。 ブログで長々といろいろ書いてるんですけど、見た直後はとにかく面白いですね。 今日なんか、アイキャッチの時に思わず、テレビ画面を拝んだ。なむあみだぶつオガンダム。 今日は小さいモニターで見たので、眼鏡を外して近くで直接見たせいだろうか。 体が自然に手を合わせていた。 法華経を信仰する人のように、ブレンパワードと言う聖典がこの世に存在してくれた事がありがたくてありがたくてこれは拝むしかないと言う。 そんで、見終わったらニコニコしながら涙が出てきた。 んで、自転車の後ろに妹を乗せて、「孤独じゃない女は、強いもの
(西嶋) 普通の投稿はすごく久しぶりですね。今回は、ゼミで書いた書評を載っけたいと思います。おそらく、卒論の参考文献になると思われる、橋本裕之という民俗学者人の論文です。この方は、現代思想とか近代論とかポストモダンとかにも結構造詣が深そうな方でして、「民俗芸能」とかが抱える、「近代」性みたいなのものをバシバシ暴露して、それで「現在」の芸能を見ようとするなかなかカッコいい人です。問題意識が結構私とかぶるわけですね。 それで、最近この人の論文集が出たんです。橋本裕之『民俗芸能研究という神話』(森話社、2006年)ですね。これは、この橋本さんが主に90年代前半に書いた論文が収められてるんですが、まぁ、なんというか、バラバラにコピーして集めようとしてたものが全部そろってたので、非常に高いのに(税込6115円)、買っちゃいました。んで今回のレビューは、この第一章「これは「民俗芸能」ではない」を取り上
そこでさっそくですが、アレントを離れて、匿名擁護の議論をします。 日本の公共性はどこに?や【やめて下さい!】学級会【いけないと思います!】に書いたことだが、日本には「公的領域」は確立していない。日本だけでなく、世界のほとんどの国に「参加者相互の対称性」にもとづく「討議」という概念は土着的には存在しない。 アテネでそんなものができたのがひとつの奇跡で、それがローマに継承されたのがもうひとつの奇跡である。 ただ、この二つの奇跡は既に起きて、ある程度のその効果は立証されているのだから、今は、どこの国でもそれを輸入するのは簡単だ。「アレント100回嫁」ですむ話だ。 しかし、日本では、もうひとつ別の奇跡が起きていて、別の形の「公」が確立されている。 大企業の中で(周辺で)仕事をしていれば実感できる話だと思うが、大半の大企業は事業部に分割されていて、本社がそれを統括している。事業部から本社を見る視線が
民主制はギリシャの都市国家で始まった。ギリシャでは全ての市民が対等に議論して政治的な決定をした。そこには上下関係はなく、言葉で説得することで全体の方向が決まった。 しかし、ここで言う「市民」とは家長のことである。言論の場に出て論戦に参加することができたのは、一家のオヤジだけだ。外に出れば、オヤジは「市民」になって、「市民」であるうちは、「言論による説得」以外の方法では他人に何かを強制したりしない。しかし、家に帰ると、全く違うことをする。家の中では、家長は、絶対権力者として、有無も言わせず奴隷や女たちに一方的な指示をする人間になる。そこでは一切の議論が許されない。 この二面性をどうとらえるか。 ひとつには、これは技術的な限界である。生産性の限界である。家長は、生産活動をしないで一日中議論ばかりしている。家長の食いぶちは、奴隷や女たちの働きで生産される。一家あげて頑張ると、かろうじて、一人分の
「法令遵守」が日本を滅ぼす (新潮新書) 不二家の信頼性回復会議の議長として、TBS等のマスコミ報道の問題点を明解に指摘した、郷原信郎氏の著作である。企業のコンプライアンスだけでなく、司法のあり方も含めて幅広いテーマを扱っているが、何についてもきわめて論理的に是々非々を分析するスタイルが印象的である。そして、一般的な論者が避けて通ったりあいまいに一般論で逃げたりする所にも、一切の躊躇無く切込んでいく。 たとえば、ライブドアや村上ファンドの摘発において、検察側の論理にはかなり無理があると郷原氏は言う。 ライブドアの粉飾決算は、(中略)純資産自体を偽ったわけではありません。会社に入ってきたお金の会計処理の方法に関する問題です。これが不正だといっても、最近の会社法の考え方からいえば、その違法性の程度は低いものです。(P60) ライブドア事件での「劇場型捜査」は、隠されていた巧妙な違法行為を暴き出
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