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ブックマーク / mmpolo.hatenadiary.com (23)

  • 職場の原理主義者 - mmpoloの日記

    まれにだが職場にも原理主義者が存在する。イスラム原理主義と共通するものがある。原理主義者は原理を押し通してくる。職場ではささいな事柄でも妥協を許さなく原則通りに実行することを強制してくる。車のブレーキでも「遊び」があるが、原理主義者はその遊びを許さない。「融通」を嫌い、原則をギリギリと締め付けてくる。原理原則は間違っていないので誰もそれを批判できない。上司すら強制させられてしまう。そして原理主義者は仕事に関して有能である。有能でなければ原理を言い立てることはできない。 原理主義者に権力が渡ると(管理職など)部下に強権を発動する。しばしば部下にうつ病が発生することになる。職場は沈な空気に包まれて明るい職場とはほど遠くなる。原理主義者だけが原理原則が貫かれていることで満足している。 妥協のない原理主義の不毛な例を身近に見て、その弊害を知った。

    職場の原理主義者 - mmpoloの日記
    prisoner022
    prisoner022 2009/05/18
    原理原則は、例外や遊びの運用こそが大事なんですけどね。原理主義者以上に仕事ができないと反駁しにくいところは、なんとも難しいです。
  • 木田元へのインタビュー - mmpoloの日記

    朝日新聞夕刊に「人生の贈りもの」というコラムがあり、毎週著名人へのインタビューが5回シリーズで掲載されている。先週が哲学者の木田元だった。インタビューなのできわめてやさしい言葉で哲学が語られている。 ーー(ハイデガーは)どんな人物だったのでしょう? ハイデガーの伝記が出版され、嫌なヤツだと思うようになりました。ナチスにかかわっただけでなく、子どもの名付け親にもなっていた一家を密告している。政治思想家ハンナ・アレントとの恋愛も身勝手。不倫関係がバレそうになると、「ヤスパースのところで勉強した方がいいだろう」と離れたところに送り出してしまう。アレントが怒って住所を知らせないでいると、弟子を使って調べさせる。弟子たちも長続きしない。弟子の口を通じて、思想の全容が伝わるのが普通だが、追いかけ続けた弟子がいない。 ただ、講義はうまかった。失神した女子学生が何人もいたそうです。 ーーご専門のハイデガー

    木田元へのインタビュー - mmpoloの日記
    prisoner022
    prisoner022 2009/04/23
    デカルトの理性は神の出張所のようなもの/ニーチェ以降、超自然的な原理が無いということに気づいた。自然は世界を制作する材料ではなく、生きていて生成するもの
  • 福岡伸一「できそこないの男たち」 - mmpoloの日記

    「生物と無生物のあいだ」が好評だった福岡伸一の新刊「できそこないの男たち」(光文社新書)は興奮するくらい面白かった。それはどうしてか? 教科書はなぜつまらないのか。それは、なぜ、そのとき、そのような知識がもとめられたのかという切実さが記述されていないからである。そして、誰がどのようにしてその発見に到達したのかという物語がすっかり漂白されてしまっているからである。 だからこのには面白いエピソードが満載されている。精子の中にY染色体を発見したネッティー・マリア・スティーブンズの業績を紹介するために、福岡はニセハムシとかニセハムシダマシとかコクヌストモドキのように、ニセ、ダマシ、モドキとつけられた昆虫がいることからはじめる。ネッティーはチャイロコメノゴミムシダマシの卵子と精子を顕微鏡で観察することを続けていた。その研究の困難な過程を福岡は詳述する。 また福岡にはすばらしいユーモアがある。 (前

    福岡伸一「できそこないの男たち」 - mmpoloの日記
    prisoner022
    prisoner022 2008/12/14
    生物の歴史においてオスは、メスが産み出した使い走りでしかない。メスからメスへ、女系という縦糸だけで長い間、生命はずっと紡がれていた。
  • 美術作品の鑑賞方法を教わった - mmpoloの日記

    昨日は新宿区矢来町のセッションハウスへ行って来た。14日から「スパイラル・アート展Part2」が始まっていて、昨日はギャラリートークがあった。御子柴大三さんを司会に、柏わたくし美術館の館長堀良慶さんの話を聞いた。 堀さんは今回展示された3人の作家(画家)大橋俊平、浅野紋子、木村浩之の作品に対して、参加者一人一人に感想を喋らせた。ニューヨーク近代美術館の学芸員から伝授された美術の鑑賞方法だと言うが、自分でもやってみて大変有効な方法だと実感した。 普通美術作品は一目見ればその善し悪しが分かってしまう。今までそれで済ましてきた傾向があった。この、作品について言葉で語るという方法は、必然的に作品をよく見て考えることを強いる。作品の構造がどうなっているか、何が良いのかあるいは悪いのか、じっくり見て考えないと言葉にならない。このように考えることによって理解が深まるのは事実だ。そう言えば昔東邦画廊の中岡

    美術作品の鑑賞方法を教わった - mmpoloの日記
    prisoner022
    prisoner022 2008/09/17
    脳は反射を蓄積するだけで考えないとあった。考えるのは3つの条件の場合だけ。人と対話するとき、文章を書くとき、自問自答するときだ。/意識的に考えないと脳は考えないのだ。ただ反射によってデータを蓄積する。
  • 手塚プロの実在した小悪党 - mmpoloの日記

    もう古い話だから公開してもいいだろう。当時クライアントの要請である商品のイメージキャラクターに鉄腕アトムを契約していた。その頃はまだ鉄腕アトムの著作権を日テレビが管理していて、交渉はすべて日テレビと行なっていた。契約して何年目かに手塚治虫が亡くなった。クライアントの部長とともに青山葬儀場の葬儀へ参列し、その後バスに乗って移動したとき何かの手違いで親戚のためのバスに乗ってしまった。親戚の方たちの会話が漏れ聞こえてきた。「手塚先生がああいう性格だから事務所(手塚プロ)からいい人たちが皆辞めてしまって、変な人たちばかり残ったのよ」 契約は日テレビと行なったが、イラストは手塚プロのデザイナーに描いてもらった。その時相手をしてくれたのが手塚プロの版権部長だった。意地の悪い人だった。日テレビの部長が、あの人は相手が弱い立場だといじめるんですよと言っていたがその通りだった。 鉄腕アトムのマンガに

    手塚プロの実在した小悪党 - mmpoloの日記
    prisoner022
    prisoner022 2008/07/10
    タイトルからN氏のことかとドッキリした。あの人は手塚さんにとって大悪党だろうから、とてもキャラクターにはしなかっただろうなぁ。
  • 世界の人口が多すぎる - mmpoloの日記

    毎日新聞7月6日の書評欄に若狭毅による古田隆彦「日人はどこまで減るか」(玄冬舎新書)の紹介が小さく載っている。 日の人口が2004年の1億2784万人をピークに減り始めた。政府やメディアはその理由を「少子高齢化」で説明し、人口減少を問題視する。が、この問題は「パラダイム(思考の枠組み)を転換する必要がある」と言う。 「いわゆる少子化対策を打って両親の負担を減らせば、人口が回復すると考えるのは誤解です。少子化対策はむしろ、人口を減少させます」。日が今、突き当たっているのは歴史上「5回目の人口の壁」だと見る。 「人口減少社会を考えるときキャリングキャパシティ(環境許容量)、人間の場合は人口容量の限界を考える必要があります」。環境許容量とは、〈一定の環境の中に一種類の生物が生きられる限界がある〉との考えに基づく。(中略) では日には何人すめるのか。(中略) 歴史をひもとけば、日の人口容

    世界の人口が多すぎる - mmpoloの日記
    prisoner022
    prisoner022 2008/07/08
    日本が今、突き当たっているのは歴史上「5回目の人口の壁」だ
  • 書評:片山杜秀「近代日本の右翼思想」by田中優子 - mmpoloの日記

    朝日新聞に掲載された田中優子の片山杜秀「近代日の右翼思想」に関する書評。 私は右翼がわからない。なぜ民族主義者なのに日米安保体制に大賛成なのか? なぜ三味線より軍歌が好きなのか? なぜ受験生みたいに鉢巻きをするのか? なぜ古来の地元の神社に行かずに新しい靖国神社に行くのか? 疑問は尽きない。そんな私を書はかなりの部分助けてくれた。じつにすっきりした。著者はなかなかの才人とみえる。 目次が面白い。(中略、id:mmpolo:20080424)目次だけ読んでも、著者が右翼をどういう人々だと考えているか、よくわかるのである。 まず最初に定義をしてくれたことがありがたい。「保守」と「右翼=反動」は違う。保守とは現在に依拠し、現在を守る勢力のことである。少しずつ着実に前に向かって動いて行くところに特徴がある。「右翼=反動」とは、左翼が未来に期待する勢力であることに対し、過去に依拠した勢力である。

    書評:片山杜秀「近代日本の右翼思想」by田中優子 - mmpoloの日記
    prisoner022
    prisoner022 2008/05/19
    「世の中を変えようとする、だがうまくゆかない」から「すべてを受け入れて頭で考えることがなくなれば、からだだけが残る」までの、目次にある筋道をたどる
  • 省略の技法 - mmpoloの日記

    金井美恵子「小説論」(朝日文庫)には「映画小説・批評ーー表象の記憶をめぐって」と題された城殿智行によるインタビューが載っている。そこから映画小説の省略の技法が語られているところを紹介する。 城殿智行  書き方のお話も少しうかがいたいのですが、メロドラマにかぎらず、映画にはルビッチ以来脈々と続く省略の技法があります。たとえば「結婚哲学」でしたか、男女をテーブルの前へすわらせて、いよいよこれから濃厚なラブシーンになるっていう瞬間に、テーブルへのせてあったティー・カップだけを写すようにして、何しろ濃厚だから、お茶をこぼさないように男がすっとカップを遠ざける、それだけですべてを暗示するような技法は、そのころからすっかり完成されていて、いい映画作家たちはそれを覚えてきたはずだと思うんです。 金井美恵子  ええ。もちろんそれには「コード」で決められた細かい禁止項目があったからですけれど。MGMにゴ

    省略の技法 - mmpoloの日記
    prisoner022
    prisoner022 2008/05/10
    「ルパンIII世」の初期はモンキー・パンチが描いていたので、コマの飛躍(省略)がすごかった。疲れているときには読めないマンガだった
  • 春風亭昇太師匠が「はみだしYOUとPIA」の選者をしていた頃の私の金昇・銀昇・銅昇作品 - mmpoloの日記

    春風亭昇太師匠が雑誌「Weeklyぴあ」の投稿欄「はみだしYOUとPIA」の選者をしていた期間がある。1997年頃からの数年間だ。私はそれまで長い間その欄に投稿を続けていたのに採用率が低かった。それが師匠が選者になってから高い確率で掲載されるようになった(打率4割くらい)。同時にそれまでの「松」「竹」「梅」に代わって「金昇」「銀昇」「銅昇」という評価ができた。この金昇はなかなか狭い門だった。私も数年間で3個しかもらっていない。 【金昇】 *“迷い探してます”の張り紙に、“探しています。雌・8歳(歳より若く見える)”と書いてあったけど、わからないよ〜だよ。人間だってワカンナイのに〜。 *知人が私の姓の一字“曽”を「仮面ライダーみたい」と言ってから、それ以外に見えなくなった。 *「父さん、チンチンを太ももの間に挟むと女に見えるそうだけど、一度やってみせて、お願い」。娘よ、18にもなってそ

    春風亭昇太師匠が「はみだしYOUとPIA」の選者をしていた頃の私の金昇・銀昇・銅昇作品 - mmpoloの日記
    prisoner022
    prisoner022 2008/02/16
    恐い話。サナギが蝶になるとき、いったん体の中がどろどろに溶けることは知られていない恐い事実だ。/「カテキン」という言葉は、「勝て菌に」から作った日本語なんだって。知ってた?
  • 洋式便器の蓋は椅子だった! - mmpoloの日記

    洋式便器の蓋は椅子なのだという。日人が知らないで蓋として使用しているとの指摘。著者は柴田大成氏、株式会社喜久屋代表とある。初出は「室内」に載ったものらしい。「室内」といえば辛口で知られる保守の論客山夏彦が主宰していた工作社が発行している雑誌で、木工業界向けの専門誌だ。信用できるのではないだろうか。 欧米から遣って来た、洋式便器も、大変な間違いのままメーカーも、使用する人たちも、何の疑いもなく受入れて、昔からそうだった様におちついてしまっている。間違いも、そのまま居座ってしまえば結構その体裁を整えてしまって馴染むものである。 洋式便器の蓋(日では蓋と考えている)が、実は椅子の座なのである。この座面(椅子)に腰かけて、の紐を解き、を脱いだり、下を脱ぐためのものである。来蓋の形状でなく、椅子の座面のように内反りのカーブになってお尻になじむ形になっているものである。 だからを脱ぐ必

    洋式便器の蓋は椅子だった! - mmpoloの日記
  • 初詣の歴史を皆知らない - mmpoloの日記

    墨田区へ転居してきてから30年近くになるが初詣だけは几帳面に続けてきた。この頃は参拝する神社も決まっていて、まず吾嬬神社、ついで江東区の香取神社、亀戸天神、墨田区の香取神社と4社を回っている。この内吾嬬神社は小さな神社だがおそらく関東では一番古い神社ではないか。このことについては以前書いたことがある。 2006年12月24日の日記 吾嬬神社 さて、先頃正月に神社へ参拝する初詣は日の古い伝統行事などではなく、明治になってからある鉄道会社が始めたものだと知った。ヴァレンタインと同じだったのだ。それを知って今年から初詣を簡略化することにした。4社のうち吾嬬神社だけにしたのだ。 そういえば江戸時代の話にも浮世絵にも初詣は描かれていない。賢い鉄道会社の社員がいたものだ。

    初詣の歴史を皆知らない - mmpoloの日記
    prisoner022
    prisoner022 2008/01/04
    正月に神社へ参拝する初詣は日本の古い伝統行事などではなく、明治になってからある鉄道会社が始めたものだと知った。ヴァレンタインと同じだったのだ。
  • 村上隆は自分では描かない! - mmpoloの日記

    朝日新聞に村上隆へのインタビューが載っている。村上隆は絵を描いていない! ーー事業家として多忙を極めているのですね。今はほとんど絵を描いていないのですか。 村上  全然描いてない時期があった。今でも1点ものの絵画はほとんど、スタッフが全部描いて、それを点検。良ければ裏側にサインするだけ。しかし最近、アニメの制作を始めたので、絵コンテといより「指示書」を毎日かくようになった。だから相当、画力が上がったと思います(笑い)。 マーク・コスタビもスタッフに描かせていたと聞く。 村上隆は100人以上のスタッフを抱えていると言っている。彼こそ徒花の最たるものだろう。

    村上隆は自分では描かない! - mmpoloの日記
    prisoner022
    prisoner022 2007/12/22
    村上隆がアニメの制作をしてるらしい。
  • 「ひょっこりひょうたん島」の世界 - mmpoloの日記

    「ひょっこりひょうたん島」はNHK人形劇で、最初1964年に放映された。作者は井上ひさしと山元護久、もう、とてつもなく面白かった。この年高校へ入学した私は、早稲田大学を卒業して赴任してきた世界史の教師小宮山先生から、面白い番組が始まったから見なさいと言われて見始めた。この時中学2年生のカミさんも同じ番組にのめり込んだらしい。 初放映の約30年後に再制作されて衛星放送で放映された。娘が小学校高学年になっていたので親子3人で見て、ビデオにも録画した。初演の放送は当時ビデオテープが高価だったため一切残されなかった。台も残ってなかったのに再制作できたのは、熱心なファンがいて当時詳細なメモを取っていたためだという。 しかし時代の違いで半分以上が再放送できない内容らしい。つまり差別用語が満載なのだ。 最近知ったことだけど、井上ひさしがエッセイで書いていた。ひょうたん島は死後の世界ですと。これには驚

    「ひょっこりひょうたん島」の世界 - mmpoloの日記
    prisoner022
    prisoner022 2007/12/15
    井上ひさしがエッセイで書いていた。ひょうたん島は死後の世界ですと。
  • 5月のあほうどり - mmpoloの日記

    雑誌「Weeklyぴあ」の「はみだしYOUとPIA」に長年投稿していた。掲載総数が160点くらいだった。採用率が約40%だったので、投稿数は400点だったのだろう。多い年は年間に36点採用された。週刊誌だから年に50冊発行される。掲載率は70%だ。ペンネームは「5月のあほうどり」。これは寺山修司の短歌「人生はただ一問の質問にすぎぬと書けば二月のかもめ」から採った。かもめ(浅川マキ)ほどは格好良くないからあほうどり、厳しくないから5月だ。その中から選りすぐりを31点。 *甲子園で選手たちがグラウンドの土を袋に入れているのを見た娘が、「あれは何をしているの?」と聞くので、「負けた選手が持って帰るのだ」と言うと、「罰ゲーム?」 *「父さんの会社に、桃を皮ごとべる人がいるんだって?」「いるよ。Y子ちゃんだけど、その旦那のO野ちゃんはデラウェアを房ごとべてるよ」 *「父さんってコオロギべるよね

    5月のあほうどり - mmpoloの日記
  • 高浜利也、きれいすぎる仕上げの問題 - mmpoloの日記

    今泉雄四郎さんは銀座の画廊をよく見て回っていた。若い作家の個展をていねいに見ていた。先代の社長の頃の東京画廊の番頭さんのような立場だった。それは半端な地位ではない。 銀座のギャラリーなつかで高浜利也展を見たとき、たまたま今泉さんが一緒だった。高浜利也は版画家だが木を使った立体も作っている。同じ形を版画と立体で作っていた。その木の立体を見て、今泉さんが仕上げがきれいすぎるなあと言った。彼(高浜利也)は仕事が大工だからなあと。 仕上げがきれいなことが問題になるとはこの時まで思ってもみなかった。いや、今でもなぜそれが問題なのか分からないでいる。雑な仕上げの仕事は作品を見るときに、そこに、つまりノイズに目がいってしまうのに、きれいなら仕上げを通り抜けてまっすぐ作品に対峙できるのではないか。 いまでも分からないでいるのだが、他ならぬ今泉さんが言ったことなのだ、考えなければならない。

    高浜利也、きれいすぎる仕上げの問題 - mmpoloの日記
    prisoner022
    prisoner022 2007/09/29
    職人ではない、ということだと思うんだけど、これはたしかに難しい問題。でも、たしかに実在する問題。
  • 一番好きな浮世絵師が英泉だった。 - mmpoloの日記

    25日の12チャンネル「開運!何でも鑑定団」に渓斎英泉の浮世絵45点が出品され、1点30万円、合計1,350万円の評価がついた。英泉は最も好きな浮世絵師だった。 30年ほど前浮世絵に興味を持ってあちこち見て歩いた。渋谷東急店で浮世絵の展示即売会があり、5万円用意して買うつもりで出かけた。当時の給料の半分くらいの金額だった。ところが一番安いもので7万円だった。それは極めて状態が悪かった。当然何も買わなかった。 浮世絵を見ていると様々な絵師がいて好みも決まってくる。私は渓斎英泉が好きだった。一般に好みは初期と末期に分かれるという。初期の素朴な春信に向かうか、幕末の浮世絵師、国貞、国芳、英泉、芳年、月芳などに向かうか。幕末の浮世絵は爛熟の様子を示している。色彩は毒々しく、絵柄も危ない。特に英泉の美人画は赤と緑を対立させて妖しくも美しい。 ところが画集では見られるものの、英泉の実物をまとめて見る

    一番好きな浮世絵師が英泉だった。 - mmpoloの日記
  • 山口長男の伝記が出版された - mmpoloの日記

    山口長男の伝記が出版された。池島充「山口長男ーー終わりのないかたち」(清流出版)、著者は鹿児島の南日新聞社の元編集委員、新聞社在籍中に山口を取材し、以後親しく交遊を続けた模様。 山口長男に関する手頃な伝記が書かれたことをまず喜びたい。著者は山口が若いとき住んだフランスの小村ヴェトイユを5回も訪ねたという。そこで山口が滞在していたホテルの跡地などを発見している。 全体にていねいに取材していると思う。しかし大分偏りがあるのではないか。フランスへ5回も行きながら国内で訪ねるべきところ、取材すべき人たちを欠いている。元フジテレビギャラリー、現在銀座のたけだ美術を経営する武田さんには会ったのだろうか。武田さんは山口のことを、先生は亡くなるまで飲むといつも愚痴を言っていた。俺の絵は売れない、俺は髪結いの亭主だ(奥さんは美容師なのだ)。そう言っていたという。フランスでも荻須高徳らとスケッチ旅行に出たと

    山口長男の伝記が出版された - mmpoloの日記
  • 美術と作品の関係 - mmpoloの日記

    9月4日のエントリーで私は「端的に言って、(アラーキーの)性器の写っている大きな写真をインテリアとして飾る習慣を少なくとも日はまだ持っていない。これは先駆けなのか? 私はこの写真の意味、機能が分からないでいる」と書いた。 その後その意味が少し分かった。「この写真の意味」は「(美術)作品」なのだ。アラーキーの巨大なSM写真は作品として成立している。デュシャンの「泉」と題された小便器も作品として認知されている。作品とは何か。美術という体制によって規定されているものだ。美術がその存在を規定し体系づけている。 どんな美術作品も、美術という体制=システムを前提に制作される。しかし、それと同時に作品も美術の定義を更新する。男性用小便器が「泉」と題されて展覧会に出品された時、既製品(レディーメード)が美術に加えられた。作品は美術に規定されるが、作品も美術を再定義する。相互関係で変容していくのだ。

    美術と作品の関係 - mmpoloの日記
    prisoner022
    prisoner022 2007/09/17
    作品は美術に規定されるが、作品も美術を再定義する。相互関係で変容していくのだ。
  • 巨大なヌード写真の意味は何か? - mmpoloの日記

    東京日橋にあるギャラリー・ショウ・コンテンポラリー・アートで写真展が開かれている。題して「納涼現代アート展〜今年の夏はエロス祭りで〜」、名前のようにヌード写真展である。案内のDMより イタリアの新星ギド・アルゼンチーニをはじめ、鬼才アラーキーによるハードコアな縛り、SMの無修正写真、その他「性」にまつわる作品をもって夏を彩る、納涼裸祭り企画です。(後略) 1メートル四方を越えるアラーキーのSM写真、そこには性器もはっきり写されている。写真は額付きだ。ここで私は考え込んでしまう。普通、性器の写っている写真はや雑誌などに印刷されている。手に持つことができるものだ。こんな壁面に飾るような巨大なものはない。性器の写っている写真は機能を持っている。それは公の場所で見られるものではなく、ひっそりと見られるものだ。それがこのように巨大だったら、それは何を意味しているのか。どのような機能を持っているの

    巨大なヌード写真の意味は何か? - mmpoloの日記
    prisoner022
    prisoner022 2007/09/04
    性器の写っている写真は機能を持っている。それは公の場所で見られるものではなく、ひっそりと見られるものだ。それがこのように巨大だったら、それは何を意味しているのか。どのような機能を持っているのか。
  • 肉体の衰弱について - mmpoloの日記

    40歳前後の頃、性的能力の衰えを自覚した。こんなはずではないと1、2年じたばたした。そんな記憶があるが、どのようにじたばたしたかもう憶えていない。しかし結局これでいいのだと了解した。いつまでも若いときのようであっては恥ずかしいことではないか、年齢相応に衰えたのは自然なことだ。そのように考えて、それからその状態を引き受けることができた。 昨年春親父が胃癌の末期を宣告され、数ヵ月の命だと知らされた。それから見舞うたびに親父の衰弱を見ることになった。親父はどんどん衰弱していった。その過程を体験していたために夏の死が受け入れられたのだった。これが突然の死だったらどんなに辛いことだろう。 自分が老いていって衰弱していくのはいいことだ。それはかすかながら自分の死を受け入れていく、了解していく過程なのだろう。死を完成と考えれば、老いも衰弱も完成への重要な過程なのだ。 あまり長生きはしたくないと思う。長生

    肉体の衰弱について - mmpoloの日記