"今日も楽しかったね。明日もいいことあるといいね。「楽しかった、ありがとう」と口に出すことは、祈りに似ている。" 私、女性誌のキラキラ感を笑う気になれません、という話|Tamaka Ogawa|note (via tsukamoto) (via vivalalalavida)
"今日も楽しかったね。明日もいいことあるといいね。「楽しかった、ありがとう」と口に出すことは、祈りに似ている。" 私、女性誌のキラキラ感を笑う気になれません、という話|Tamaka Ogawa|note (via tsukamoto) (via vivalalalavida)
自分をウォッチしていて、人間の活動に関するモデルを考えた。人は、何かの刺激に対して、瞬間的に行う判断がある。まずは、それが「危険か安全か」。そして同時に、その刺激に対して「受容するかコントロールを試みるか」。かなり原始的だけど、本人も気づかないほど瞬時にこの判断が行われているような気がする。喜怒哀楽を、それに従って整理してみた。この喜怒哀楽に乗っかって、感情が続き、そのあとそれを理屈づけるフェーズに入る。ある情報に対して急に怒る人というのは、瞬時に危険を察知し、そしてコントロールを試みる体勢に入る。そして、何らかの理屈で怒り始める。典型的な状況として、自分に対して不利になるであろう情報のインプットに対して怒る人というのがある。守旧派の上層部であったり、まあその他いろいろ。そして重要なことは、危険を察知してコントロールしなければいけないから怒り始めたのであって、別にインプット情報が間違ってい
2009年12月8日 田中 宇 宣伝になって恐縮だが、12月10日に私の新刊本『日本が「対米従属」を脱する日』―多極化する新世界秩序の中で― (風雲舎刊)が出る。その本の帯に「時代が変わる時というのは、ファンファーレは鳴らない。道頓堀に飛び込む者もいない・・・」と書いてある。これは、私が本書の一部として風雲舎の山平松生社長にインタビューを受け、私が話したことの一部で、歴史の転換点となる出来事が起きるときには、大々的な報道もなく、人々が騒ぐこともなく、人々が歴史の転換に気づくのは、その後かなり経ってからだと、今年9月、世界の経済的中心がG8からG20に代わり、米英覇権体制の崩壊を意味する宣言がなされた時に感じた、という話である。 (『日本が「対米従属」を脱する日』) こんな話から書き出したのは、先日、大々的な報道もなく、大騒ぎもないままに、日本にとって対米従属から脱する歴史的転換点となる出来
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