フリードマン教授の素晴らしい分析。必読。ロシアは準備した兵力の9割以上をコミットしてなお、何ら目的を達していない。軍事的に制圧したところも政治的に掌握していない。もはや西部に回す兵力はないので、ウクライナはキエフが陥落しても、リヴ… https://t.co/4IZehvqJSA
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ロシア国旗を振って「独立承認」を祝う親露派支配地域の住民たち=ウクライナ東部ドネツクで2022年2月21日、AP ウクライナ情勢が急展開した。プーチン露大統領が大仰な舞台設定までして発表した自称「ドネツク人民共和国」及び「ルハンスク人民共和国」の一方的な「独立」承認は、それまでの外交の前提を根底からひっくり返した。 ショルツ独首相は、ガスパイプラインのノルド・ストリーム2承認手続き停止を命じた。これまで手続きが遅れていたのは、単に法技術的な問題であったが、今回の停止は明白に首相が命じた政治的行為である。 ゴールポストを動かすプーチン氏 危機があまりに長引いているので、どこが急展開か分からない読者も多いかもしれない。危機開始以来、ロシア側の要求は多岐にわたっていて、真の狙いがどこにあるのか、そんなものがあるのか、それとも武力で脅し続け、ゆすり取れるだけのものを取ろうと思っているのか、誰にも分
中国の勃興もあり、当面は不安定な情勢が続くことが予想される東アジア。わが国はいかに平和を守り、戦争という事態に至らないように行動すべきか。そのときに必要なのが、「抑止力」についての議論である。専守防衛を掲げるわが国が抑止力をもつとは、はたしてどういうことか。現在直面している具体的脅威から発生するコストまでをふまえて検討する 日本に欠けている戦略的コミュニケーション2020年6月15日、河野太郎防衛大臣(当時)がイージス・アショアの計画停止を発表したとき、筆者たちはこれをきっかけに、総合的な抑止力に関する議論が本格化することを期待した。しかし、現実は期待どおりには進んでいない。イージス・アショアの代替をめぐる議論は、従来の枠組みから一歩も出ないどころか、「イージス・システム搭載艦」という、財政・運用の両面でよりコストの高い解決案にたどり着いてしまった。 ミサイル防衛の問題は、導入にかかるコス
ほぼ2年ぶりに海外に出た。たった5日間のヨーロッパであったが、楽しかった。 かつて皇后さま(当時は皇太子妃)が、愛子さま出産後初の外遊となったニュージーランド・オーストラリア訪問を控えた記者会見(2002年12月)で、「6年間の間、外国訪問をすることがなかなか難しいという状況は、正直申しまして私自身その状況に適応することになかなか大きな努力が要ったということがございます」とおっしゃられたことがある。そのお言葉を思い起こすような気分であった。 国際政治学をやっている人間は、もともと落ち着きのないのが多い。周囲を見回しても、四六時中飛行機に乗っていて、一体君の身体はどこの時差に合っているの?というようなのがいっぱいいる。その中では、私は海外出張が少ない方であった。子どもが本当に小さい頃は、年1回程度で我慢していたし、最近でも年数回に収めていた。学齢期の子どもの母親がそんなにしょっちゅういないこ
『公研』2022年12月号「対話」 ※肩書き等は掲載時のものです。 ロシア-ウクライナ戦争に翻弄される1年となった。 国際政治学は人類の今を掴まえることができるのだろうか? 世界宗教の首都エルサレムで2022年に起きたことの意味を考える。 エルサレムで人間観がひっくり返る 池内 今日は「2022年の世界を振り返る」をテーマにお話ししていこうと思いますが、言うまでもなく今年はロシア・ウクライナ戦争に明け暮れた1年でした。この戦争の経緯については、節目ごとに様々に議論されてきましたから、メインテーマであることは間違いないでしょう。私自身は2022年の半分くらいをイスラエルで過ごしました。首都のエルサレムに生活拠点を置きながら、テルアビブ大学のモシェダヤン中東アフリカ研究センターに上級訪問研究員として通勤していました。 この10月には岩間先生をイスラエルにお招きする機会もありました。先生はドイツ
■評者 岩間陽子(政策研究大学院大教授・国際政治学)、我部政明(琉球大名誉教授・国際政治学)、池澤夏樹(作家) ■推薦・岩間氏 ◆沖縄米軍基地全史 野添文彬・著(吉川弘文館・1870円) 本土の思い込み正す 岩間 沖縄に関する実証的研究が進んでいる中で、一般の読者に読んでもらいたい本として挙げた。沖縄に関する思い込みが東京で政治・外交に携わっている人にも多くあるが、最新の研究成果を取り入れて沖縄米軍基地の通史を描いた本書は、もう一度きちんと事実はどうだったのかを確認している。例えば、米軍は戦って占領したのだから沖縄にいて当然だ、とか、戦争で上陸した海兵隊がそのままとどまっていたのだろう、といった思い込みがある。実際は、1950年代には日本本土と沖縄の米軍基地の比重は同規模だったし、海兵隊は本土に多数配備されていたのが沖縄に移されたものだ。 日本人は戦後、沖縄の問題を見ないようにしてきた。沖
◆金春喜・著(キンチュニ) (明石書店・2420円) 二人の男子が映す高校教育の硬直性 日本で暮らす外国人児童は、年々増加し続けている。受け入れ態勢が十分でないことは、従来から指摘されてきたが、本書がユニークなのは、困難を抱える外国人児童が、「発達障害」の診断を受けて、特別支援教育に取り込まれるという事態が起きていることを指摘したことである。 実は私の子どもも小学校低学年の頃、とある外国の学校で「アスペルガーではないか」と言われたことがある。言葉の通じない異文化の環境に放り込まれて、適応障害を起こしてしまった。ボタンの掛け違いが重なり、学校で暴れたり、逃走して警察に保護されたりするような状況になった時、教頭の口から出た言葉が、「発達障害」だった。最終的にうちの場合は、「アスペルガーではない」という結論が出たが、当時感じたのは、メンタル…
(中公新書・968円) 民主化が暴力を強めた逆説 アジア・ナショナリズムの時代は二〇世紀に始まる。近代国民国家と無縁であったこの地域をその鋳型にはめ込むには、まず「国家」と「国民」が発見されなければならなかった。本書は、直接的にはロヒンギャ危機を扱った本であるが、「ロヒンギャ」が周辺化されていく過程は、同時にミャンマーが自己と他者の境界線を引き、「私たち」の定義を見出(みいだ)していく過程でもある。おそらくこれは、ほとんどの旧植民地に共通する体験だろう。初めて、地に足のついた脱植民地史を読んだ気がした。しかも東南アジアでは、この過程に日本が深く関わっている。 第二次世界大戦中、ミャンマーは日本軍の占領下に入った。日本軍の特務機関は、現地のナショナリスト組織「タキン党」のメンバーに海南島の海軍基地で軍事訓練を施し、ビルマ独立軍(BIA)に仕立ててミャンマーに送り返した。その中心人物であったア
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