音楽好きな人が新しいコンテンツを知るきっかけというのは、TVやラジオからというのは以前から何度も当ブログでは書き綴っておりました。 その中でもちょっと変わったカテゴリーとして “プロレス” という分野があり、(私を含めた)一部の人達はプロレスを通じて未知の音楽を知るようになったわけでございます。
かつて世界には日本人の知らないプロレスラーが存在した。 顔も知られファイトスタイルも有名で名前も通っていたが来日できなかったレスラー。 名前や詳細は知られていたが未来日で全貌が謎だったレスラー。 姿は画像のみ・・・その他名前以外まったくわからなかったレスラー・・・ あの頃、そういったレスラー達を人は“まだ見ぬ強豪”そして“幻の強豪”と呼んだ。 今回のプロレス研究所はそんな強豪の中でも顔すらわからないヨーロッパのレスラーのお話です。 ボクがその名前を耳にしたのは中学3年になったばかりの頃だった。 あの頃、アントニオ猪木のビデオで“血戦十番勝負”というのがあってー・・・これが1本の収録時間がだいたい20分くらいのビデオで、全10本というシリーズだったんだけど、なんと値段が1本7000円という破壊力の持ち主だったんだ。 今では信じられない単価だが、でも猪木ファンだったボクはストロング小林戦やウイ
──プロ転向後のウイリエム・ルスカをどう見ていましたか? 猪木さんとの試合はいずれもいい試合でしたが、他にはこれといった名勝負を残せずに終わってしまいましたが。 猪木「俺自身はね、最初の闘いの感動がいつまでも体に残ってたんで、ルスカとならいつでも心地良い勝負ができたんです。おそらくはルスカも同じだったと思いますよ。ただ、俺以外にこれといったライバルを作れなかったことが彼の不幸で…。相手によって技術というのは高まることもあれば低下することもありますから」
新日本プロレス50周年を記念して行われた“プロレス入場曲フェス”『シンニチイズムミュージックフェス』の模様がBS朝日で12月30日(金)放送。3時間番組。この番組の放送後には、アントニオ猪木追悼3時間特番『ワールドプロレスリングリターンズ年末3時間スペシャル “燃える闘魂”アントニオ猪木〜私たちに遺してくれたもの〜』も放送されます。 以下インフォメーションより 午後2時54分からは、11月17日(木)に国立代々木競技場第一体育館で行われた『新日本プロレス50周年 シンニチイズムミュージックフェス〜一夜限りのプロレス入場曲だけのフェス〜』をお届け。豪華アーティストが生演奏するプロレス入場曲全40曲を3時間たっぷり全曲ノーカットで放送します。 レジェンド・現役レスラーたちも生演奏に合わせて特設リングに入場し、巨大スクリーンには新日本プロレス50年の名場面が流れる一夜限りの豪華な祭典。10月1日
Not On Label | none | JPN | 1984 | M: VG+ / VG+ | JK: VG+ A1: 哀愁のアントニオ A2: Buring Passion A3: Under The Pressure A4: ガルーダー B1: Again B2: トーキョー卍がため B3: Antonio Special '84 B4: 茜色の空に向かって B5: アンネットの青い空 (ひろ子ちゃん、そして子供達へ捧ぐ) 当時の新日本プロレス代表取締役社長 アントニオ猪木 のファンのミュージシャンによる企画ものユニット Antonio Drivers の唯一の作品。84年リリース。参加メンバーはとてつもなく有名な方たちばかり。しかもこの作品だけでも凄いのですが、当時ファンの間で開かれたライブ(突然卍固めLIVE!)ではもっとたくさんのミュージシャンが多数参加していたはず。やはりプ
愛知大学プロレス同好会の「愛プロ興行2022」が16日、豊橋駅南口駅前広場であり、他大学や社会人レスラーが肉弾戦を繰り広げた。同大同好会の唯一の選手で、興行を主催した杉浦永卓さん(21)=文学部=は地元での晴れ舞台で4年間の集大成を披露。「至宝」のAWA(愛知ヘビー級)チャンピオンベルトを守った。 高校時代に見た新日本プロレスの「オカダ・カズチカ対棚橋弘至」戦に感動し、学生プロレスの門をたたいた。覆面レスラー「マチョ・ギャローズ」と名乗った。 得意技は「マチョズロコ」。逆さ羽交い絞めにした相手を垂直に持ち上げ、開脚旋回して顔をマットに打ち付ける「ピンチェロコ」を独自にアレンジした。 プロレス活動で学んだのは裏方の重要性だ。「表舞台の選手以外に設営や営業などさまざまな役割があり、社会の縮図のようだった」と語る。 愛大の同好会は所属15人のうちリングに上がるのは杉浦さん1人。ジムや専用施設での
1日に心不全のため、79歳で死去した元プロレスラーのアントニオ猪木さんの通夜が13日に行われた。 通夜開始時刻の午後6時前。猪木さんとのお別れを惜しむかのように、都内に降っていた雨の勢いが強まった。涙雨だったのか。 会場には猪木さんの弟子の藤波辰爾や前田日明氏を始め、オカダ・カズチカ、棚橋弘至ら現役の新日本プロレスのレスラーも終結。タレントのデヴィ夫人やCHEMISTRYの川畑要、政界からは野田元総理らも訪れ、参列者は100人を超えた。 戒名は「闘覚院機魂寛道居士(とうがくいんきこんかんどうこじ)」。 猪木さんの「闘魂」、本名の「寛至」、そして引退試合で披露した詩「道」が刻まれた。 祭壇は猪木さんのカラーである赤色のバラで装飾され、遺影は赤いネクタイを締めたスーツ姿の写真。左手にはタイガー・ジェット・シンに卍固めを決める姿、右手には代名詞の「1、2、3、ダーッ!」ポーズを決める姿の猪木さん
ゼロワンの「20周年&21周年記念大会」として開催された「押忍プレミアム興行」(10日、東京・両国国技館)でアクシデントが発生した。 メインでノア・杉浦貴の持つ世界ヘビー級王座に団体を率いる大谷晋二郎(49)が挑戦。序盤から激しい攻防を展開したが、15分を過ぎたところで杉浦にジャーマンでコーナーのターンバックルにたたきつけられてから全く動けなくなった。大谷は意識はあるものの起き上がれず、そのままレフェリーが試合を止めて終了。杉浦の勝利とV3が告げられ、大谷はその後駆けつけた救急隊により救急搬送された。 大谷は昨年9月の試合中に「左前腕両骨骨折」を負い長期欠場し、今月復帰。すぐに王座に挑戦していた。
アントニオ猪木さんが先日お亡くなりになりました。 猪木さんの後継者と言われたのが藤波辰爾さんです。 実は私、昔はキライでした(^_^)。 しかし、私も年齢を重ね、藤波さんの偉大さがわかってきました。 この人はやっぱりスゴい人です。 藤波辰爾さんは偉大だった! 【四柱推命・藤波辰爾さん】性格鑑定と要注意の年 【四柱推命・藤波辰爾さん】五行「水」、智の人 【四柱推命】「癸」の性質 【四柱推命】日支「丑」の性質 【四柱推命】月支「比肩」からの性質 【四柱推命・藤波辰爾さん】「癸」日生まれ、身旺の「偏官格」 【馬場・猪木の後継者】「鶴藤長天」最後の砦 藤波選手がいて長州力選手が輝いた 有名な噛ませ犬発言からの名勝負数え歌 藤波選手の存在がなかったら、長州革命は… 長州革命から天龍レボリューションへ あの長州力が全日本プロレスに乗り込んだ! 長州力がいなかったら、天龍レボリューションは… 【偉大な功
先ほどアントニオ猪木さんが亡くなったことを知る。ショックである。それと同時に寂しい!まだまだ生きてくれてるもんだと勝手に考えていた。人は否応なしにこの世から去って行く。当たり前のことだが…。ジャイアント馬場あってのアントニオ猪木、そしてアントニオ猪木あってのジャイアント馬場。「猪木のことを昔からライバルと思ったことはない」とマスコミに馬場さんは語っていたが、やはり猪木さんのことを一番意識していた。「あの野郎やりおるなぁ!」と何度も感心していたことを覚えている。「よおし!こうなったらこっちもやるしかない!」。お互いがお互いを意識しあって全日本、新日本が黄金時代を迎えた。馬場さんと猪木さん。こんな天才、もう出て来ない!合掌。 プロレスラーとして あるいはプロとしての最低条件はやはりグッドコンディションでリング上がることであろう。ベストコンディシ 記事を読む 文月 今年も半年が過ぎた。能登半島地
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