詩人の池下和彦さんが、私家版『母の詩集』を出したのは、平成9年だった。池下さんは、76歳で認知症を発症した母親を、ヘルパーの力を借りながら父親と5年半介護して、看取(みと)った。百か日の供養の気持ちを込めて発行した詩集は、以前コラムで紹介したことがある。 ▼きのうの「朝の詩」に掲載された『記憶』という作品も、母を詠(うた)っている。81歳の作者は、節くれ立った母の手とそっくりになった、自分の手に驚いていた。父と母、どちらが詩の題材になっているのか。今年に入ってからの「朝の詩」を振り返ってみると、数で倍以上、母の圧勝である。 ▼ところが「父の日」を前にして、池下さんから『父の詩集』(コールサック社)が送られてきた。あとがきに「世に母の詩集は山ほどあります。くらべて父の詩集の景色は、さびしいといえるかもしれません」とある。 ▼先立った妻に、朝な夕な線香を手向(たむ)けていた。そんな父との暮らし