【部下がついてくる!「角栄流」上司の心得】「抜け道」伝授能力 田中角栄は昭和32(1957)年7月、戦後初の30代(39歳)で郵政相として初入閣を果たした。それまで「郵政」に縁はなかったが、のみ込みの早さと行動力、決断力は天下一品。加えて、部下や周囲がニッチもサッチもいかなくなったとき、「抜け道」まで伝授した。郵政官僚たちに、一目も二目も置かれたのは当然だった。 いい例が、東京タワーの建設であった。 田中が大臣就任直後、ふと屋上に上がってみると、バカ高いさび付いた鉄骨の塔が目についた。けげんな表情を浮かべていると、傍らにいた文書課長が言った。 「あのテレビ塔は、実は(建築基準法違反で)工事が止まっているのです」 これを耳にした田中は間髪を入れず、言ったのだった。 「よしっ、私が処理してやる!」 自信満々であった。 建築基準法による一般建物の高さ制限が地上31メートルなのに対し、テレビ塔の地