身体観や宗教観の産物 痛みの歴史? 痛みを神経生理学的な現象ととらえるなら、その「歴史」を問うのは確かに奇妙だ。しかし人類は決して、古代から同じように痛みを感じてきたわけではない。中世の病人、あるいはルネサンス期の敬虔(けいけん)なプロテスタントは、私たちとは全く異なる仕方で痛みを経験していたのである。本書はイギリスに焦点をしぼり、痛みがいかにその時代の身体観や宗教観、あるいは社会制度の産物であるかを鮮やかに描き出してみせた快作である。 たとえば現代では、当たり前のように「頭がきりきり痛い」や「足がじくじく痛む」といった言い方をする。痛みにいわば耳をすませ、取るべき対処法を聞き取ろうとするのだ。しかし十八世紀頃までは、痛みの部位や質に注意を払うという発想がそもそもなかった。西洋では病の原因を全身的なバランスの乱れに求める四体液説が支配的だったため、痛みもまた全身的なものと理解されていたので