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ブックマーク / number.bunshun.jp (9)

  • 女子サッカーの現在地。~W杯優勝でどう変わったか?~(小川勝)

    W杯優勝からわずか1週間後に再開されたなでしこリーグ2011シーズン。7月24日、ホームズスタジアム神戸で行われたI神戸対ジェフLの試合には、過去最高(当時)となる17812人の観客が詰めかけた ロンドン五輪に向けて、日選手団の「顔」は誰だろう、と考えてみると、期待度に老若男女を超えた認知度という点を加味すれば、やはり「なでしこジャパン」ではないだろうか。現在、FIFA女子ランキングにランクインしている国と地域は173。日は第3位である。1位は米国。2位はドイツ。これほど世界的に普及した団体球技で、日が下位から成長を重ね、ここまで上り詰めた競技は珍しい。他の競技を見ると、日の女子が過去に好成績を収めたのは、五輪競技になった当初の、比較的まだ競争の少ない時期だったのである。 例えばバレーボールが正式競技になったのは1964年の東京五輪。日女子は、その東京五輪と'76年のモントリオー

    女子サッカーの現在地。~W杯優勝でどう変わったか?~(小川勝)
  • 袋小路に追い詰められた名将の矜持。ベンゲルとアーセナルは復活するか?(田邊雅之)

    「(辞任するのではないかとの声に対し)噂などには惑わされないつもりだ。これからチームを再建する」と宣言したベンゲル。クラブのチーフエグゼクティブであるイヴァン・ガジディスは「(監督解任は)考えていません。突然彼が無能な監督になるということはないのですから」とベンゲルの更迭が無いことをコメントしている 「まさに拷問室」 イギリスのタブロイド(大衆紙)はやたらとセンセーショナルな見出しをつけることでも知られる。アーセナルがカーリングカップの3回戦(9月20日)に勝利した翌日などは、特にこの傾向が目についた。日では宮市亮が公式戦デビューを飾った記念すべき試合として報じられたが、現地ではお祭りムードなど微塵もない。 たしかに4部のチームに先制され、そこから逆転するという展開は、今のベンゲルにとって生きた心地がしなかっただろう。セスクやナスリの離脱、マンU戦における8-2での敗北、そしてスタートダ

    袋小路に追い詰められた名将の矜持。ベンゲルとアーセナルは復活するか?(田邊雅之)
    sasahira
    sasahira 2011/10/04
    袋小路に追い詰められたところからさらにサニャが3ヶ月離脱決定だよ…
  • 最新トレンドは「ポジションレス」!?CL決勝にみる、バルサ究極の進化形。(田邊雅之)

    左右のMFとしてプレーしたマイケル・キャリックとパク・チソンを翻弄するメッシ。類まれな俊敏性と自在なポジションどりで、マンUの布陣を切り裂いた 大方の予想通り、今季のCLファイナルはバルサの勝利で幕を閉じた。ゲームの内容、戦術の進化などについて、さまざまな人が2年前のファイナルと比較しているが、僕の頭に真っ先に浮かんだキーワードは“レス”だった。 2年前のCLファイナル、バルサの鍵を握っていたのはメッシの動きだ。 バルサのフォーメーションは4-3-3。メッシは右のウィングとして先発するが、程なくしてCFのエトオと入れ替わる。いわゆるゼロトップ(来、CFタイプではない選手が、CFのポジションでプレーする状態)である。 だが当の焦眉はここから。メッシはCFの位置からさらに攻撃的MFのような位置にまで下がり自由に動き始めた。 破壊力は凄まじかった。マンUはただでさえ中盤で劣勢に立たされていた

    最新トレンドは「ポジションレス」!?CL決勝にみる、バルサ究極の進化形。(田邊雅之)
    sasahira
    sasahira 2011/06/12
    アーセナルいちおうエミレーツでは勝ったから。いちおうだけど。
  • <欧州を震撼させたニッポン人> 川島永嗣 「大量失点でMVPの理由」(中田徹)

    Number779号では、「5人の“突破者”たち」として、宮市亮、指宿洋史、 川島永嗣、細貝萌、瀬戸貴幸ら、異国で挑戦を続けるニッポン人の足跡を辿りました。 Number Webでは、今季、サポーターが選ぶ『プレイヤー・オブ・ジ・イヤー』に選出された川島永嗣選手(リールセSK/ベルギー1部)の記事を特別に全文公開します。 ちびっ子記者の激しい突っ込みが混じった質問に、川島は両手を叩きながら爆笑した。 これはリールセがファンサービスで開いた『模擬記者会見』の時の模様だ。リールセのサポーター連合会長、マルク・デ・ノエル(54)は、オランダ語を流暢に操りながら子供たちとコミュニケーションを取った川島の姿を思い出しながら目を細めた。 「川島はたいした奴だ。オランダ語は大変難しい言語なのにもう自由にしゃべっている」 今季、リールセの正GKとして活躍した川島はすっかりサポーターのハートをつかみきった。

    <欧州を震撼させたニッポン人> 川島永嗣 「大量失点でMVPの理由」(中田徹)
    sasahira
    sasahira 2011/05/31
    英語とオランダ語の他にもポルトガル語とイタリア語できるんじゃなかったっけ。
  • <ノンフィクション> セルジオ越後 「ニッポンを叱り続けた男の人生」(城島充)

    舌鋒鋭い辛口評論家。多くの日人は彼のことをそう認識している。 しかし、日サッカー文化を植え付けたのはいったい誰だったのか? もう一度考えてみて欲しい。セルジオ越後65歳。孤高の伝道師のルーツを辿った。 サッカージャーナリストの草分け的存在として知られる賀川浩は、そのプレーを克明に記憶している。 1974年の日サッカーリーグ(JSL)第4節、ヤンマーと藤和不動産の一戦が大阪・長居競技場で行なわれた。当時のJSLには日系ブラジル人選手を招いて戦力補強するチームが増えていたが、藤和の8番をつけたセルジオ越後も地球の裏側からやってきた助っ人プレイヤーの1人だった。 賀川は来日当初からそのスピードと卓越した技術に注目していたが、この日瞼に焼き付いたのは派手な足技ではなかった。 逆サイドへ長いパスを正確に蹴り出す。広い視野と精密機械のようなコントロールで試合の流れに変化をつけたかと思うと、ペナ

    <ノンフィクション> セルジオ越後 「ニッポンを叱り続けた男の人生」(城島充)
    sasahira
    sasahira 2011/01/25
    「漫画の『キャプテン翼』。僕が30年かかった仕事を、たった2年でやっちゃったんだから。あれには僕も勝てないな」
  • <長谷部、大久保、内田を抜擢した猛将> フェリックス・マガト 「私が日本人を好む理由」(木崎伸也)

    ブンデスリーガきっての厳格さと理論を併せ持つ 鬼軍曹は、なぜ日人選手を重用し続けるのか。 長谷部誠、大久保嘉人、内田篤人――。 彼らに共通する資質と評価のポイントとは。 鬼軍曹は、日人に手厳しい。だが、絶対に見放したりしない。 フェリックス・マガト監督が、ヴォルフスブルクを率いていたとき、長谷部誠が固定式のスパイクで試合に臨み、芝生に何度も足を取られてしまったことがある。通常、滑りやすいときは、裏の突起が金属の取替え式のスパイクを履く。つまり、選択ミスだ。 マガトは激怒し、ハーフタイムにロッカールームで声を張り上げた。 「こんなスパイクを履くから悪いんだ!」 怒鳴るやいなや、長谷部のスパイクをつかみ取り、部屋にあった箱の中に思いっきり投げ入れた。マガトは試合で決定的なシュートを外した選手を2軍に落としたこともあり、これがきっかけで長谷部の出番が激減することも十分あり得た。 だが、マガト

    <長谷部、大久保、内田を抜擢した猛将> フェリックス・マガト 「私が日本人を好む理由」(木崎伸也)
  • 日本の南アW杯報道は妙な「バラ色」。「ネズミ色」の現地情報も大事では?(杉山茂樹)

    帰国して丸3日が経過した。 南アフリカで過ごした1カ月強の日々を思うと、とても不思議な気分に襲われる。東京の日常とは何から何まで異なる、まさに別世界から帰還してきたような感じだ。虚脱状態に陥っていると言ってもいい。 南アは冬で、日は夏。 暖房が必需品だった国から、冷房なしでは辛い日に帰ってきたのだから当然かもしれないが、日中と夜間とで気温差20度は当たり前という感覚は、日では絶対に味わえないはず。日中は半袖で過ごせるぐらい気温が上がるのに、夜になると一転、ダウンなしではいられなくなる国。 期間中を通して、僕はヨハネスブルクにアパートメントを借りていたわけだが、雨に降られた日は、僕の日程のなかで1日もなし。空気は乾燥しまくっていた。 おまけに標高が高いので空気が薄い。世界でも類を見ない厄介な気候に、僕などはすっかりやられてしまったクチだ。普段、風邪など滅多に引かないのに、1カ月間ほぼ毎

    日本の南アW杯報道は妙な「バラ色」。「ネズミ色」の現地情報も大事では?(杉山茂樹)
    sasahira
    sasahira 2010/07/22
    自分の記事より現地の空気を伝えてくれた宇都宮さんのほうがいいということか(ネズミ色じゃなかったけどね)。
  • 菊池雄星の大学進学への疑問。~思い起こされる落合の言葉~(1/2) [プロ野球亭日乗] - プロ野球コラム - Number Web - ナンバー

    菊池雄星の大学進学への疑問。 ~思い起こされる落合の言葉~ 鷲田康 = 文 text by Yasushi Washida photograph by KYODO 1993年12月のことだった。 その年、フリーエージェントで巨人移籍が決まった落合博満内野手(現中日監督)と入団2年目を迎えようとしていた松井秀喜外野手(現ロサンゼルス・エンゼルス)の対談に立ち会ったことがある。 球界の大先輩との対談というのに、約束の時間になっても松井が現れずに遅刻。そんなハプニングもありハラハラしたことばかりが記憶に残っているのだが、その中で落合が最後に話した言葉を今でも鮮明に覚えている。 「女遊びをしてもいいし、酒を飲んでもいい。でも、まずすべてに優先して野球を考えろ! まず野球、それだけだな……そうすれば他のことをやる暇はなくなる」 遅刻したことを怒るでもなく、飄々と対談をこなした最後に残

  • 遠藤保仁の“凄み”とは何なのか?天皇杯に和製シャビ・アロンソを見た!(1/3) [Jリーグ特報] - Jリーグコラム - Number Web - ナンバー

    遠藤保仁の“凄み”とは何なのか? 天皇杯に和製シャビ・アロンソを見た! 佐藤俊 = 文 text by Shun Sato photograph by Toshiya Kondo 元日の天皇杯・決勝の名古屋戦は、まさに“ヤット・ショ-”とでもいうべき遠藤保仁の独り舞台だった。 ほんの3日前の準決勝・仙台戦では、淡々としたプレ-で、さほど存在感を示せたわけではなかった。だが、決勝戦は2ゴ-ル1アシスト、ル-カスの先制点も起点になるなど4点すべてに絡み、獅子奮迅の活躍で、ガンバ大阪を優勝に導いたのである。 「あんなすごいヤットを初めて見た」 そう唸ったのはGK松代直樹だが、この日の遠藤はチ-ムメイトにも見せたことがないほどの“気”といくつもの“凄さ”を見せ付けた。 その凄さとは、いったい何だったのか。シャビ・アロンソの素早い攻守の切り替えを意識した遠藤。 この日、遠藤は、いつ

    sasahira
    sasahira 2010/01/06
    1点目が賞賛されるけれど、2点目も落としたボールを普通のタイミングでシュートしてたら楢崎が止めてたんじゃないかと思った。
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