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増田と読み物に関するsds-pageのブックマーク (282)

  • 中古嫌いがリサイクルショップで働いた話

    私は中古が大嫌いなのにリサイクルショップで働いてる。 でも最近は思うところがあって、長くて恥ずかしいからここに吐き出す。 誰かが使い古した物を、家にいれるなんて信じられない。 私は物には思い出や気持ちがつまるもんだと、気で信じている気持ち悪い人間なので、誰かの思い出がつまった中古が気持ち悪い。 中古の品をみると、元の持ち主の顔を想像してしまう。どんな人生を送っていたのか考えてしまう。 そんな私がリサイクルショップで働いてしまった。家から近くて通うのが楽だから、とかいうダラけた理由で。 買うのも気持ち悪いが、売るのも気持ち悪いと思っていた。 自分の思い出や人生がつまったものを、いらないからと売りに来るのだ。そして誰かが私の過去がつまったものをまた使用する。それが私にはゾッとするのだった。 売りに来るもので一番理解できないのがぬいぐるみ。 ぬいぐるみなんて、一番思い出のつまるものだろう。 売

    中古嫌いがリサイクルショップで働いた話
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    sds-page 2019/04/07
    いいはなし
  • バカみたいだけど、弟と俺は違う人間だと気づいた

    自分語りしたくなった。 両親共働きで、ベビーシッターの人によくお世話されてた。それが普通だった。お世話になるのだから行儀良くしなさいと言われてたし、実際他人だ。冗談も言い合うし頼りもする、無理も言った。でも、それなりの距離感を取って暮らしてた。 他人が家にいるのもそれほど苦じゃなかったんだな。 暫くして弟ができた。俺が小学校にあがってすぐ産まれた。その数年はホントに幸せだった。帰ったら家に親がいて、色んな事を話したりした。 母のお腹がおおきい時は、一緒に名前を考えて、呼び掛けたりした。今の子はヒョンタなんて呼び掛けるのかな。俺の時代はそれが普通だった。 産まれたらオシメも替えた。うんちだったとき俺もビビって泣いたよ。小学生にうんちのショックは大きかったんだ。 成長して、母も仕事に復帰した。シッターさんと俺と弟で夕方まで一緒にいて、遅くに両親がそろう日常に戻った。 俺には日常だったが、弟には

    バカみたいだけど、弟と俺は違う人間だと気づいた
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    sds-page 2019/03/05
    押目やぞ
  • さしあたって。

    非常に言いにくいことで,しかしながら,ずっと言わなければならないと思っていたことを,伝えなければならない人(もしくは人たち)に,過不足なくそしてタイミング良く伝えることは皆が思っているよりもずっと困難である. 特に私のようなやらなければならないことを後回しにする癖を持っている人間にとってみれば,直接伝えることよりも間接的に目的の人(もしくは人たち)が伝え聞くように,その計画を時間をかけて用意し,数十年のスパンで実行する方がたやすいことのように感じられる. 最初の,そして最も基的な伝えたいことは,齢30を過ぎてから最近気づいたことだが, 私は,私の人生に興味が無い. 私の生きている理由はたった一つ.生まれてきてしまったからである.そして,私がこれまでに生きてくる上で大切に守っていたルールもたった一つ.敵も味方も作らず,ただ平穏に,喜びや悲しみや,それに付随して生じる感情の起伏もただひたすら

    さしあたって。
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    sds-page 2019/02/26
    文学の波動を感じる
  • どうかしてる高校生バイトの話

    最近のバイトのバカッター騒ぎで思い出した話がある。 いまから約15年前、2005年か2006年頃の話。俺がまだ高校生だった頃の話である。 当時いつも口癖のように「カネが無い、カネが無い」とばかり言っていたクラスメイトの沼津(仮名)という男が、唐突に羽振りの良い話をするようになった。 キャバクラで10万使ったとか、パチンコで10万スッたとか、10万の腕時計買ったとか、10万単位の話ばかりするようになった。 高校生でキャバクラ行ったりパチンコ行ったりしてんのかよというのは置いといて、なんでお前の話はいつも10万なんだ、そもそもお前虚言癖で有名なクズじゃねえか。レジの金盗んだり、内引きしてたのがバレてスーパーのバイトを1週間でクビになった貧乏のお前がどこにそんな金あんだよ。 聞けば、今は結婚式の配膳のバイトをしているという。巨大なウェディングケーキを運んだり、来賓客にビールをついだりしてかなり重

    どうかしてる高校生バイトの話
  • 保険のおばちゃんに女の子を紹介された話

    3年前の冬の話だ。 その時の俺は25歳。大学院修士課程を終えて就職したから、社会人2年目が終わろうかという冬だった。 地元は関西だが、就職を機に関東へ引っ越してきた。家族とも友人たちとも離れた場所で一人暮らし、仕事もまだまだ慣れない、そんな生活に孤独感が日に日に強まっていた。 俺には彼女がいなかった。 生まれてこのかた、一度として彼女というものがいなかった。 しかしその時の俺は、寂しさを紛らす相手が欲しいと思っていた。 俺の会社には、昼休みになると堂の入り口に保険のおばちゃんが何人か集まってくる。入社したばかりの右も左も分からない若者たちを捕まえて、保険に加入させようとするのだ。来るのはいつも決まった三人。一人は矢口真里に似た、ぎりぎりお姉さんと呼べそうな女性。一人は椿鬼奴に似たおばちゃん。一人はブルゾンちえみ似のおばちゃんだ。 俺はブルゾンちえみと仲が良かった。矢口と椿は保険の話をして

    保険のおばちゃんに女の子を紹介された話
  • おちんちんびろーん

    これまでの20数年間の人生、実益のあることなど何一つしていないことを断言しておこう。 異性との健全な交際、学問への精進、肉体の鍛錬など、社会的有為の人材となるための布石の数々をことごとくはずし、異性からの孤立、学問の放棄、肉体の衰弱化などの打たんでも良い布石を狙い澄まして打ちまくってきたのは、なにゆえであるか。 責任者に問いただす必要がある。責任者はどこか。 俺だって誕生以来こんな有様だったわけではない。 生後間もない頃の私は純粋無垢の権化であり、光源氏の赤子時代もかくやと思われる愛らしさ、邪念のかけらもないその笑顔は郷里の山野を愛の光で満たしたと言われる。 それが今はどうであろう。鏡を眺めるたびに怒りに駆られる。 なにゆえおまえはそんなことになってしまったのだ。 これが現時点におけるおまえの総決算だというのか。 まだ若いのだからと言う人もあろう。人間はいくらでも変わることができると。 そ

    おちんちんびろーん
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    sds-page 2019/01/30
    この文にピンと来たら四畳半
  • 私と猫のお話

    子供のころは、家の方針でペットを飼うことはできませんでした。母曰く、「ペットは死んでしまうから悲しいからダメ」。子供心に残念でしたが、幸いにも友人がトラを飼っておりたまに遊びに行っては撫でさせてもらうなどしていました。 中学・高校と進学するにつれ、と触れ合う時間は無くなっていきました。たまに野良は見かけるのですが、ほとんどのは荒々しく、遠くから警戒しているのが明らかだったので、近寄ることはありませんでした。 大学進学のため一人暮らしを始めると、それこそと触れ合う時間は皆無となってしまいました。当時の私はより犬派を自称しており、はあまたいる家畜の一種でしかないとうそぶいていました。 そんなある日、半年ぶりに実家に帰省すると黒がいました。玄関で一瞬だけ目が合い、すぐにドタバタと走り去り部屋の押し入れに飛び込む太ましい黒の後ろ姿を見て、私は思わず言ってしまいました。 「おかあさん

    私と猫のお話
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    sds-page 2019/01/27
    猫にも性格ある
  • 一晩中一睡もせずにスマホで無料のエロ動画を鑑賞してしまいました。

    同年代の友人が先日、子供を産みまして。 それに刺激されて…というわけではないのでしょうけれども最後のチャンスだという事でもう一人の友人不妊治療というのを始めまして。 取り残された、40歳をいくばくか過ぎて、旦那どころか恋人どころか好きな人すらいない私。 仕事バリバリ! なら、まだいろいろ面目経つんだけど…どう考えても会社で「いてもいなくてもいい」くらいの役割しか果たしてない。 こんにちは、非生産的な生き物です! 誰にも愛されず、誰も愛さず、もうすぐ10年になろうとしています! …考えるだに惨めだ。惨めだと思われることも耐え難い。 ああ、死にたい。さっさと死にたい。明日と言わず今死にたい、もう死にたい、ほら死にたい。 といった感じの2週間にわたる希死念慮をようやっと乗り越えたと思ったら…何らかのタガが外れました。 何らかの、って、それは恐らく「性欲の」ってことでいいかと思うんだけど。 と、

    一晩中一睡もせずにスマホで無料のエロ動画を鑑賞してしまいました。
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    sds-page 2019/01/20
    こういうのたいてい「結婚直前まで行った彼氏はいたけど」みたいな一文入りがちだけどそれが無くて良い
  • ぼくが自殺を決行した話をする

    今だからあんまり気負わずに言えるけど、当時は人生に対して切実な思いを持っていた。もちろん自殺には失敗したから今生きている。 当時、ぼくは20歳でニート生活をしており、よくわからないまま何の目的意識もないまま、とにかくこの先の人生に絶望しながら生きてきていた。 ぼくはそのとき大学を中退してそれなりの年月が経過していた。大学に行ったのも特に目的は無かった。働きたくないし勉強もしたくなかったが、親が金を出してくれるということで、自分の人生に対して責任というものがなく、ただ言われるがままに進学をしていた。受験勉強は全くせず高校時代は家で勉強をしたことはなかったが、学校の授業を高校1年生から2年生まではしっかり受けていたこともあって、受験は成功し、ランクは落としたが大学に進学した。それでもそこそこの国立大学には進学したので、ぼくは同級生のほとんどを見下していたように思う。 大学に入ったときは「遊びま

    ぼくが自殺を決行した話をする
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    sds-page 2018/11/25
    「人は何のために生きるのか」は死に至る病。他力本願で宗教にはまるか、哲学で自力救済に至るか。「答えを先延ばしにする」が最適解だが人に言われて納得する答えでもない
  • ギザ10

    若い人は「ギザ10」と言われても、何のことだかわからないでしょうか。 「ギザ10」とは、昭和20年代に発行されていた10円玉で、周縁部に溝が彫られておりギザギザになっています。以降の10円玉はツルツルなので、比べるためにこう呼ばれています。 古い硬貨なので、最近は流通しているものも少なくなっていて、滅多に見かけなくなりました。先日、自動販売機のおつりでたまたま見かけ、あることを思い出しました。 もう20年以上前のことでしょうか。当時親しくしていた男性がいました。彼は常々「ギザ10を100枚ためると幸せになれるんだ」と言っており、見つける度に嬉々として集めていました。私もギザ10を見つけると、彼に渡していました。 ある時、彼がご実家の都合で鹿児島の田舎に帰ることになりました。彼を見送る日、「結局100枚たまらなかったけど、集めたギザ10は君にあげるよ」と、私にくれました。 メールなどの連絡手

    ギザ10
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    sds-page 2018/11/22
    ギザかわゆす
  • 久しぶりにコロンを食べた

    かつては習慣として毎日一箱のコロンをべていた。コロンをべない日など無かった。むしろコロンしかべない日があったくらいだ。 けれども、コロン代謝の良い若かりし日には、身体に入るコロンと出るコロンのバランスは取れていて問題なかったのだが、 いつしかコロン代謝は悪くなり、気づいたらぽっこりコロン腹。コロン100箱分は体重が増えていた。 さすがに危機感を覚え、それからずっと禁コロン生活を続けていた。 それがこの度、ようやくコロン60箱分の減量に成功したので、自分へのご褒美にってことで、コロン解禁。 久しぶりのコロンはかつてべたのと同じものか?ってくらい美味い。美味すぎてしゃっくりが出た。 舌の上で溶かすようにべるあの贅沢な感。快感が我が身を包み込む。忘れていた人間らしさが蘇り、鈍っていた身体の五感は研ぎ澄まされる。 でも調子に乗って頬張って快楽死してしまうのは御免なので、半分残して引き出

    久しぶりにコロンを食べた
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    sds-page 2018/11/22
    コロンバンカラ
  • カルロスゴーンによる2回目の日産救出劇だった

    後日、真相が明らかになるであろう、ゴーン氏逮捕の真実である。 今回のカルロスゴーン氏の逮捕劇は、帰国便が周到にカメラに撮影されるところから、歯切れのよい西川CEOの記者会見まで、非常によく準備された逮捕劇場であった。 金融商品取引法違反の逮捕ということだが、実態を見ていくと、専門家の間でも「逮捕するには軽すぎるのではないか?実態としてそこまでのものではないのではないか?」という意見が上がり始めている。有価証券報告書の虚偽記載をしていたとしても、日産側で源泉徴収をしているのだから、脱税にはなっておらず、ゴーン氏に大きなメリットが無いというのがその一つだ。 なぜ今なのか? これは、ルノーと日産の経営統合問題が絡んでいることは間違いないだろう。過去の経営不振の影響から、日産の筆頭株主は、ルノーであり、また、ルノーの筆頭株主はフランス政府だ。ルノーが腰を入れれば、日産がフランス政府の企業となって

    カルロスゴーンによる2回目の日産救出劇だった
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    sds-page 2018/11/20
    後のゴーンレクイエムである
  • 彼とU.S.A.と赤身肉 ~あるいは元気モリモリご飯パワーH30~

    駅前広場の小さな噴水に虹が架かる。 わたしはお気に入りのダサかっこいいGAFAワンピースに身を包み、彼氏の到着を今か今かと待っている。 高学歴・高収入・高プロの三拍子が揃った自慢の彼はeスポーツ界の有名人だ。 彼の「ジタハラ持ち」から繰り出される悪質タックルと金足農旋風のコンボは半端ないってと恐れられているし、シューティングでの奈良判定の見極めやグレイヘアの巧みな使い方は災害級の暑さだと絶賛されている。 年の差のせいで、おっさんずラブだとあおり運転されるのは腹立たしいが、そんな時短ハラスメントで彼への想いが計画運休することなどあり得ない。 「だーれだっ!」 突然、視界がブラックアウトした。 「うーん……。スーパーボランティア?」 「ざーんねん。ボーっと生きてんじゃねえよ! 正解はオレでしたー!」 目隠しを外して、彼がひょっこりはんと姿を現す。 「もう。バカばっかり。わたし、お腹空いたんだ

    彼とU.S.A.と赤身肉 ~あるいは元気モリモリご飯パワーH30~
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    sds-page 2018/11/09
    AIが書いた文章っぽいけどAIには書けない文章
  • ワタシのいちばん長い一日

    anond:20180906085723 「いってらっしゃい。お仕事頑張ってね。お土産楽しみにしてるわ。」 結婚五年目のは笑顔で私を送り出した。 そう。今回のシゴトは、私の一生を掛けた大仕事。最後までわずかなミスも許されない。 大手機械メーカーの大阪支社に勤める私は、大分県別府市内に建設計画中の工場案件の全てを任されている。 サマータイム導入から10年。すっかり国力の落ちた日では、ベトナムに工場を作るよりも国内に作った方が 輸送費等の兼ね合いで安く済んでしまう。AIによる製造工程の自動化が進んだ結果、人件費も無視できるレベルに抑えられたのも大きい。 だが、それが一番の問題でもある。 雇用を産まない工場が地方にどれだけ敬遠されているのか、経営陣は当に分かっているのだろうか…。 私はこの2年間、何度も別府市に行き、地権者から商工会関係者、市会議員から市長まで接待を繰り返した。 接待という

    ワタシのいちばん長い一日
  • 地元にシンデレラがやってきた

    名ばかり県庁所在地・前橋市。 一応、県庁はあるけれど、裏返せば県庁以外に特筆事項なし。 特産品?市は豚を推しているけれど、知名度は低い。 隣の高崎市は新幹線も通れば、駅前にイオンも出来た。 これを見た方はイオン(笑)?と思うでしょうが、群馬県民はイオンやそれに類似する大型商業施設がとかく好きである。どれくらい好きかというと、毎日の料品はイオン、洋服もイオン、中学生の溜まり場もイオン、高校生のデートイオン、県外の友人との久しぶりの再会もイオン、休日のお出かけもイオン、ってなわけで、3歩歩けば知り合いに出会うレベル。 去年できた大きな高崎アリーナには有名なアーティストが来る。すごい。 一方前橋、駅前に何もない。近隣に大型商業施設が出来たことに伴い、ヨーカドーが潰れた。ヨーカドーがなくなったことで駅に人がいなくなった。 チェーン飲み屋?もちろんほとんどないです。 県外に出てみて、電車が一路線

    地元にシンデレラがやってきた
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    sds-page 2018/09/11
    イオンは福祉
  • <<聞いた話シリーズ>> <<26歳のコンビニでレジを打つ外国の方に聞い..

    <<聞いた話シリーズ>> <<26歳のコンビニでレジを打つ外国の方に聞いた話>> <<15歳の弟の友人がイケメン過ぎて好きだけど、隠している大学生20歳に聞いた話>> <<5年くらい前に、進学校のJK3に聞いた話>> <<今から20年くらい前に当時82歳のおばあさんに、初めてのセックスについて聞いた話>> <<68才のピアノ教師に話を聞いた話>> <<17歳で妊娠して子どもを産んだ女性に聞いた話>> <<12歳の夏休みの宿題になやむJCに聞いた話>> <<52歳のハゲたおじさん先生が好きでたまらないJKに聞いた話>> <<70歳の男性に、大学でのデモについて聞いた話>>

    <<聞いた話シリーズ>> <<26歳のコンビニでレジを打つ外国の方に聞い..
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    sds-page 2018/09/02
    信じようと、信じまいとーー
  • 恥ずべき万引きの記憶

    https://anond.hatelabo.jp/20180821175309 久しぶりに苦々しい気分になった。まるで小説家の卵の様な文章だから、おおよそ創作だってことは分かってる。 それを読んで30年以上前の昔の自分の過ちを思い出してしまった。 初めて人のモノを盗んだのは小学校1年生の時だった。クラスの子が自慢していた消しゴムを盗んで、それを別の教室のゴミ箱に捨てた。発見された消しゴムが教室外から出た事でクラスは騒然となったけれど、私に嫌疑がかかる事もなかった。盗んでも自分のモノにする意図はなく、珍しい消しゴムでちやほやされているクラスメイトの鼻を明かしてやりたかっただけだったし、また小賢しい事に、どうすれば自分が疑われないか、安全に盗みを終えることが出来るかを考えられる程度の知恵が小学校1年生の私にはあった。 次に罪を犯したのは、小学校2年生の時だった。クラスに誰かが持ってきた珍しい

    恥ずべき万引きの記憶
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    sds-page 2018/08/22
    これも元増田も同じ人が書いたってオチでしょ(三行読んだ範囲で出来るコメント)
  • 19XX年、世界は核の炎に包まれた…

    なーんてことはなかった。 2018年、異常に短い梅雨のあと、炎天下の夏が日を覆っていた。 夏といえば、そう、お盆だ。 お盆というのは日の風習で、映画「ペット・セメタリー」のように死者が甦り、地獄の扉が開き、死者が還ってくるのだ。 それに対抗し、人間はナスやキュウリで作った、四足歩行のゾイドのような兵器で迎え撃つ、そういうイベントなのだ。 イベントが終わるとナスは麻婆茄子に、キュウリはもろきゅーや金山寺味噌でべるのだ。 「ところで、康介くん、結婚は…」 親戚一同が会する席で、斜め向かいの叔父が余計な一言を放った。 俺はロスジェネだ。 ロスジェネのロスがロスチャイルドだったら、どんなに良かったか。 「いやあー、まだですねー」 「でも、もう四十…」 「あははははははは、やだなー、知り合いも四十越えて結婚しましたし、まだまだ人生これからですよ、あはははははははははははは…」 知り合いが四十

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    sds-page 2018/07/21
    竜頭竜尾で真ん中が蛇
  • こんばんは、貯金箱です。正確には前世で怪獣の形をした貯金箱でした。お..

    こんばんは、貯金箱です。正確には前世で怪獣の形をした貯金箱でした。お金べる生物として寓話的にも唯物的にも適任かと思いましたので、にまつわる思い出を、少し。 この業界では「喉元すぎれば半人前、口からこぼして一人前」といわれています。持ち主の三日坊主や途中解約などにより、お金に満たされて天寿を全うする例は多くないぞ、という戒めです。常に飢えた私たちは体内の空白に敏感で、あと何円でそれを埋められるか計算ばかりしていました。お互いを見張り、その事内容に一喜一憂し、とても健やかとは言えなかったと思います。 稀に、高額紙幣を口にする機会もありました。あのゴワついた紙が口に押し込まれるとき、他の仲間を出し抜いた心地良さで口の端が歪み、秘めやかな興奮が心に渦を巻いたものです。一度その味を覚えると、少額の硬貨を口にすることは砂を噛むような苦行となりました。 実は私、あと数百円で完全に満ち足りるまでお

    こんばんは、貯金箱です。正確には前世で怪獣の形をした貯金箱でした。お..
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    sds-page 2018/07/10
    パクマンの貯金箱はアンパン並みに子供ウケがいい
  • 児童相談所から施設に送られてこの世の闇を見た話 ①

    今となってはもう笑い話だから書こうと思う 俺の幼年期時代はよくある話だった 「両親が離婚し、母親に引き取られ、母親がおかしくなり、祖母に引き取られたが祖母が急死した」 不幸の連鎖である そうではあるが、謎の明るさを発揮していた かくして当時中学生だった俺は引き取り手がいなくなり、児童相談所が速攻で俺のことを発見した 祖母の葬式が終わり、とりあえず学校に行って下校している途中だった 二人組の男女が現れて 「児童相談所から来た」「一時保護する」「車に乗ってね」 まあ端的に言うとそんなことを言ってきた すっかりひねくれていた俺は何をしたかというと、全力疾走で逃げた 俺は一人で生きたかった。お婆ちゃんの家で一人で生きていくんだ(中学生の安易な発想だけど、かわいらしいだろ?) 俺はそのまま近くの公園に行った 学校の同級生のシンジがいたことを覚えている ヤツとは友達友達と言った具合で、そこまで仲がい

    児童相談所から施設に送られてこの世の闇を見た話 ①
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    sds-page 2018/07/04
    施設を脱走して渋天街に迷い込んで熊徹に育てられるパターンだな