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吉本隆明に関するshichiminのブックマーク (10)

  • [書評]フランシス子へ(吉本隆明): 極東ブログ

    まさか吉隆明が最後の最後にこんな傑作を残していくとは思わなかった。晩年のテレビ講演などを見ると、もうほとんど惚けているとしか思えない恍惚感まで浮かべていて、死ぬ前から著作物はもう期待されないだろうと思っていた。それがまさかのまさか。 亡くなる三か月前までの肉声を伝える、この、「フランシス子へ」はすごかった。老人惚けのような語りと極限まで押し詰められた思念が一つの純粋な言語の結晶となっているのだ。語りがそのまま詩になっている。 吉さんがこんな白鳥の歌を残していたんだと、読みながら、涙があふれてきた。それでいて、可笑しくて、笑いもこぼれる。こんなってあっただろうか。 タイトル、「フランシス子へ」というのは、「フランシス子」と名付けられた(ばななさんが命名した)の死に捧げたものである。吉さんの死に先立つ九ヶ月前のことだった。16歳4か月だったという。としては高齢の部類では入っていた

  • 時事ドットコム:吉本隆明さん死去=戦後思想界に大きな影響

    shichimin
    shichimin 2012/03/16
    まさに「巨星墜つ」。お悔やみ申しあげます。
  • 吉本隆明の言う「精神の速度」について: 極東ブログ

    正月ぼんやりとだが、「精神の速度」ということを考えていた。もはや遠く過ぎ去った時代のこととして吉隆明「完 情況への発言」(参照)をつらつらと読んでいるとき、三分冊(参照)の二巻(参照)と三巻(参照)の後書きが、2008年の2月と3月とで同一のテーマとして「精神の速度」だったことに気がついたのが、きっかけだった。 「情況への発言」は分冊の一巻が出たときに購入したが二巻は購入に失した。三巻はすでに宝島「情況へ」(参照)でカバーしていたので、私としてはいずれ二巻分だけ買えばよしとしてたが、完もあってもよいかと思いなおして購入しておいた。 「情況への発言」は吉隆明の同人誌『試行』の巻頭に連載されていた、その時点の政治状況への提言であった。結果として1960年代から1990年代の、あるいは昭和から平成の歴史も兼ねているともいえる。『試行』は直接購読以外に紀伊國屋書店でも販売されていて、私

  • 『吉本隆明自著を語る』(ロッキング・オン) - 書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

  • ありがちな思想の錯誤 - finalventの日記

    ある年代以上で思想に関わった人間ならほとんど暗唱している吉隆明「マチウ書試論」だけど。 人間は、狡猾な秩序をぬってあるきながら、革命思想を信じることもできるし、貧困と不合理な立法をまもることを強いられながら、革命思想を嫌悪することも出来る。自由な意志は選択するからだ。しかし、人間の状況を決定するのは関係の絶対性だけである。 全共闘世代が残した唯一の遺産たりえるのはそのあたりかもしれないと少し思う。 finalventに対して、お前は中国に謝罪せよ、イスラエルに加担する卑怯者だ、とか言う日人さんがいらっしゃるが、「人間の状況を決定するのは関係の絶対性だけである」がわかっていないのだろう。そう言う日人とfinalventとは、日国家という関係の絶対性においてまった変わるところがない。対国家の関係における関係の絶対性において、finalventもその批判者も同じ日人として疎外された存在

    ありがちな思想の錯誤 - finalventの日記
  • 吉本隆明: ひきこもれ!

    あるテレビ番組で、スーパーの店長だった人が一念発起して、ひきこもりがちな人にデート相手を派遣して外に引き出すボランティアを始めたというドキュメンタリーをやっていました。番組で、ボランティアの人とひきこもりの人が一緒に集まって話していて、話の内容自体はどうってことない雑談なんです。 ただ、その場の雰囲気が、どうも精神的に不健康というか、異常というか、なんとなく薄気味悪いものを感じた。こりゃ健康じゃないぜ、と思ったんですよ。 その元店長さん自身、引き出すことはいいことだと信じきっている様子で、怖い。ひきこもる人には様々な理由があるんだろうけれど、僕は外に出たくない人はひきこもらせてやったっていいじゃないかと思うし、当におかしくなっちゃったら、それは専門の医者の領分でしょう。素人さんの価値観で引き出すのが正義だと、そんな簡単なことなんだろうか。 僕みたいな物書きは一日中ひきこもってますよ。精神

    吉本隆明: ひきこもれ!
  • A man I love to hate - 吉本隆明の声と言葉。 : 404 Blog Not Found

    2008年11月16日03:00 カテゴリ書評/画評/品評Love A man I love to hate - 吉隆明の声と言葉。 糸井重里事務所より献御礼。 吉隆明の声と言葉。 吉隆明 / 糸井重里編 ずいぶん前に頂いたのだが、すっかり紹介が遅くなってしまった。 そうなったのには訳があって、読了感をどう言語化すればいいのかわからなかったのだ。 作「吉隆明の声と言葉。」は、タイトルどおり、吉隆明の肉声を納めたCDと、糸井重里との対談文からなっている。その吉隆明が、私の Love to hate の対象だ。 Love to hate. この言葉は、よく「死ぬほど嫌い」とか「蛇蝎のごとく嫌い」という訳され方をする。しかしこの言葉、単なる"hate"を強調した言葉ではなく、「嫌うことを愛する」という直訳どおりの意味でもあるのだ。 この Love to hate で私は引っかかっ

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  • 「ほぼ日」は、吉本隆明の思想の実践だった:日経ビジネスオンライン

    (前回から読む) ――今回の糸井さんによる吉隆明プロジェクトでは、講演アーカイブ「吉隆明 五十度の講演」を数量限定で発売し、それを売り切ったら、音源をネット上で公開すると計画されています。 糸井 いわば吉隆明のリナックス化です。 ――それはどう発想されたのでしょうか。 糸井 思い付いちゃったんですよ(笑)。第1回で言ったように、どこかに豊かなため池があります、という状態があっても、ある仕組みを整えないと、人はそこの水を最大限には利用できないんですよ。せいぜいが防火用水になったり、あとは近所の人が水田に引いたり、で終わり。すると、そのうちに池の水そのものが腐っていくんですね。このため池が講演テープの音源だと思ってください。 ――糸井さんの許には吉さんの過去の講演の音源が170集まったとか。 糸井 弓立社の宮下和夫さんという編集者の方が数十年にわたって集めてこられた音源なんです。その

    「ほぼ日」は、吉本隆明の思想の実践だった:日経ビジネスオンライン
  • 「うまく言えない」ことの価値を掘り出す道具です:日経ビジネスオンライン

    (前回から読む) 糸井 つい先日も吉さんのお宅に行ってきたんですが、そのとき盛んに言っていたのは、近くのものを参考にするほど誤差が生じるということなんです。それを聞いて、猿学を研究している京都大学の先生が言っていたことを思い出して。つまり、猿の社会を見て人間を研究するというのが、一番誤差が多いんだ、とその先生は言っていたんですが。 ――今、ちまたでビジネスを論じている人たちは、その誤差を故意に作ってはもみ消して、ということを繰り返して稼いでいますよね。 糸井 例えばお猿の場合、ここに言葉の発生の可能性があったとかいう研究はあっても、それは人間が持っている言葉とはおそらく全然違うわけですよ。では、それに対抗して、どこまで遡ればいいんだよ、という話になるでしょう。宮沢賢治はそれがミネラル、岩石までにいったんですよ。 ――無生物まで遡ったんですね。 糸井 それ、遡ると、最後は水素までいくんです

    「うまく言えない」ことの価値を掘り出す道具です:日経ビジネスオンライン
  • 吉本隆明は「人を助ける」ミネラルである:日経ビジネスオンライン

    団塊世代からは異論もあるかもしれない。だが、思想家、吉隆明(よしもと・たかあき)という名前に、特別の思い入れを感じない人のほうがもう多い時代、だろう。 しかし「よしもとばななって、吉隆明の娘さんなんだよ、と言われても、それって誰? というような人が、今の僕にとって理想的な相手です」と、糸井重里氏は語る。 糸井氏が率いる「ほぼ日刊イトイ新聞」は、吉隆明の講演集CDブック『吉隆明の声と言葉。』を初め、数々のコンテンツを発売する。いま、彼の言葉を求めている人が多くいる、と糸井氏が確信している理由は何なのだろうか。 ――そもそも糸井さんが「吉隆明」と初めて出会ったのはいつだったのでしょうか。 糸井 高校のときに読んだ『芸術的抵抗と挫折』だったと思います。といっても、当時の僕には分かりっこないですよね。高校生が田舎でぶらぶらしてるくせに、どこに芸術的抵抗があって、どこに挫折があるんだよ、と

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