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ケータイ小説とnetに関するsizukanayoruのブックマーク (2)

  • ケータイ小説、niftyserve、web小説、SNS - シロクマの屑籠

    以下は、2008年頃に書かれた文章である。 ケータイ小説的。――“再ヤンキー化”時代の少女たち 作者: 速水健朗出版社/メーカー: 原書房発売日: 2008/06/09メディア: 単行購入: 25人 クリック: 781回この商品を含むブログ (213件) を見る このはとても面白くて勉強になった。特に、浜崎あゆみの歌詞とケータイ小説の関連性、それら一緒くたの郊外文化圏についての記述は、なるほど。浜崎あゆみのステッカーを貼ったワゴンRや、ふわふわのファーに包まれた改造マジェスタをみるたび、最近は速水さんの書を思い出す。 ただ、国道沿いの民として違和感があった点がひとつあって、それは、速水さんの文章ではオタクのキャラクター消費様式とケータイ小説の消費様式の相違点が強調されているけれども、私には似て見えるということだ。ヤンキー文化オタク文化は、近親憎悪的図式を孕みつつも、それぞれの文化

    ケータイ小説、niftyserve、web小説、SNS - シロクマの屑籠
  • 高齢者向け、あるいはロスジェネ向けケータイ小説がやってくる:佐々木俊尚 ジャーナリストの視点

    ケータイ小説ブームは終わったか ケータイ小説をめぐる論考は、今年春ごろから大きく盛り上がり、刊行書籍もたくさん刊行された。中でも出色は速水健朗氏の 『ケータイ小説的。――“再ヤンキー化”時代の少女たち』(原書房)で、ケータイ小説のブームを地方のヤンキー文化の復権としてとらえてきわめて秀逸だった。二〇〇五年の大ベストセラー『下流社会 新たな階層集団の出現』(光文社新書)が描いたジモティ(地元民)の延長線上に、ロードサイド文化の出現を描いたその視点は斬新で、いまや日文化はロスジェネ空間とロードサイド空間に二分されつつあるのではないかという印象さえ持ってしまう。 一方で、「もうケータイ小説ブームは終わったんじゃないの?」という声も、少なからず出ている。ケータイ小説は二〇〇〇年に『Deep Love アユの物語』が書かれてスタートし、『天使がくれたもの』を経て、二〇〇六年に刊行された『恋空』が

    高齢者向け、あるいはロスジェネ向けケータイ小説がやってくる:佐々木俊尚 ジャーナリストの視点
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