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増田とNovelに関するsizukanayoruのブックマーク (2)

  • 王様は裸だ! と叫ぶ勇気 ~伊藤計劃『ハーモニー』の崩壊~

    的に、これまで僕は匿名で文章を書くということをしてこなかった。 パソコン通信にしろブログにしろmixiにしろTwitterにしろ、誰かと議論したり何かを主張したりするときは、常に素性をオープンにし続けてきた。腰をすえて議論する気もなく匿名で書き逃げするような連中に、僕自身、さんざん苦しめられてきたから、同じようにはなるまいと思っていたのである。 それがSF小説の批判だったらなおのこと。自分の愛するジャンルであるからこそ、逃げも隠れもせず持論を述べ、反論を迎え撃つ――それが来の筋だと思う。 しかし今回は、自分の名前を出して発言するのはあまりにリスクが大きいと判断して、不意ながらこういう形を取らせてもらった。実は匿名で書くことにすら尻込みを感じている。 なぜなら僕が今から批判しようとしているのは熱狂的なファンを多くもつ作家――伊藤計劃氏の作品だからだ。 2009年に亡くなった伊藤計劃氏

    王様は裸だ! と叫ぶ勇気 ~伊藤計劃『ハーモニー』の崩壊~
  • [じ] 本来の「もしドラ」はこういう小説だったんじゃないか

    長くなったので、先に結論だけ書いておきます。 もしドラには2つテーマ性を感じた。(作者的にはもっとあるのだろうけれど力を感じたのはこの2つだけ) ・人間の出会いや出発点を描く、という意味では素晴らしい作品だと思う。 ・社会からズレてしまっているor適応する振りをして生きている人の生きづらさとその解放を描く、という意味では中途半端。もったいない。 全体としては今ひとつだけれど、ものすごく光る要素を感じる作品だったと思う。 というわけで、「小説の読み方の教科書」の次に「もしドラ」の感想を書こうかと思ったけど、 この不思議な「小説」については、単体で語りにくいので、「少女不十分」という「小説」を補助線として使わせてもらいたいと思う。 ちなみに、西尾維新の作品を読んでない人にはわけわからん話ですがご了承ください。 ◆ものすごく読みたくなる西尾維新「少女不十分」感想文 http://zeark969

    [じ] 本来の「もしドラ」はこういう小説だったんじゃないか
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