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日本と映画に関するsizukanayoruのブックマーク (2)

  • 【2ch】ニュー速クオリティ:邦画に見ておくべき傑作なんてあんの?

    1 番組の途中ですが名無しです 投稿日:2007/02/14(水) 19:04:21 ID:r+5IugSv0 ?PLT(11112) ポイント特典 もっと日映画映画をあまり見なくなったのは、いつごろからだろう。 昭和20年より前に生まれた人たちは、当に映画を良く見たと思う。 映画館はいつでも満員。娯楽の中心が映画だったというより、 映画のほかに気のきいた娯楽が少なかったということか。 その時代は、ほとんどすべての若者が「映画青年」だったのである。 彼らにちょっと遅れて昭和30年に生まれた僕だって、大学時代には年間100ぐらいは映画を見た。 「年に100」という数字は、その当時としては、 「フツーの大学生よりも、やや映画マニア寄り」の若者を意味するのだ、たぶん。 http://blog.yomiuri.co.jp/utatane/2007/02/post_f9

  • ///SlowTrain///

    戦後、自由な天皇批判を許していたマッカーサーとGHQは1946年、米よこせデモの皇居乱入事件や、人民広場(皇居前広場)での料メーデーのプラカード「朕はタラフクってるぞ ナンジ人民 飢えて死ね」の作者に不敬罪が適用された事件などをきっかけに方針を転換した。のちに東京高裁は「不敬罪は名誉棄損の特別罪として存続する」とし、最高裁判決もその点をうやむやにしたまま、天皇は再び「神聖にして冒すべからず」存在となっていった。幕末に続いて、日はまたもや生まれ変わるチャンスを逸したのだ。 軍人、政治家、資家、そして天皇の戦争責任に言及した亀井文夫監督のドキュメンタリー映画『日の悲劇』('46)も問題にされ、一部で公開後、GHQによって上映を禁止された。その処分についてマスコミが報道することも禁じられた。この映画については平野共余子著『天皇と接吻』('98・草思社)に詳しい。 1952年、まだ人

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