落とし所というか、着地点が見えない、というか着地点を見ない人たち相手に、自分だけ着地点を考えても仕方がないなと思う。 生き方の問題なんだろうな。着地しないで、その場しのぎで、その場その場気持ちよく、気分が良ければそれでいい人たちが世の中には一杯いるんだなと良く分かった。 ルールはある。でも、ルールの外側にまで現実は存在している。ルールは人工物であり、現実は自然物であり、自然物は人工物よりも常に外側にまで存在している。 それならばルールを広げてルールで管理できる状態にすこしずつ変えていこうという着地点を見た議論をしなければならないのに、ルールがあって、その外側は『有り得ない』とする。 日本に置けるルールというものは、そうやって運用されているのが現実なのかも知れない。 『有り得ない』ということが一度でも起きたらルールは崩壊し本当の無法が始まるのに、現状のルールがあることに安住し、ルール遵守だけ