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ブックマーク / kasasora.hatenablog.com (17)

  • 絶対に損をしたくないんだね - 傘をひらいて、空を

    法律婚という制度が嫌いで使用していなかった。しかし、一年ほど前に、現実的な利点に敗北して籍を入れた。具体的にはマンションを買うにあたって金利が有利なペアローンを組みたく、パートナーから「これはもうしょうがないんじゃない?」と言われて合意した(パートナーはもともと結婚したいタイプの人間である)。 それ以来、自分のことを「自分の理念や気分よりカネを優先したあわれな人間であるなあ」と思いながら生きている。自分の心より優先するものなんかないと思って生きてきたのに、カネのほうを大事にした。そうして、パートナーと自分の財産関係を明瞭にし、たとえば別れるとしても双方に経済的な不利益が発生しないよう契約書を作成し、それから区役所に行った。せめてもの自分へのなぐさめである。 結婚がらみでなんとなく連帯感を持ってときどき雑談をする職場の先輩がいる。わたしと同じく法律婚という制度に納得がいかず、パートナーと書類

    絶対に損をしたくないんだね - 傘をひらいて、空を
    soramimi_cake
    soramimi_cake 2024/10/30
    "相手が自分に助けてもらう立場だったら、相手を自分の人生の中に入れることを、きみはしないんだろうなと"配偶関係はともかく、他の協力関係で相手からそういう匂いを感じて以後一線を引くことはちょいちょいある
  • 偶然をもてなす - 傘をひらいて、空を

    勤務先から一年間の研修への応募を提案された。 そういう制度があることは知っていた。通常業務を一年休んで修行してくるのである。年長のえらい人から、自分も一年間勉強してとてもいい経験になったと聞かされたこともある。しかし、わたしが転職してきて以降、研修に出た人はいなかった。 そうなんですよ最近はこの制度が形骸化しかけていまして。人事がそのように言う。続きは要するに、「上司から推薦をもらったから応募してほしい」という話なのだった。 人事は言う。この種の制度をやめるところも増えていて、たしかに、すぐに利益が出る性質のものではないです。しかし長期的に人を育てるのは大切なことだし、組織として誇らしいことですよ。 とりあえず今の上司に報告すると、上司ランチの提案でも聞いたみたいに軽くうなずいた。だいじょぶだいじょぶ、行くとしてもだいぶ先だから。ほらあの部署のさ、いるじゃん超優秀なきみの二個上の先輩の、

    偶然をもてなす - 傘をひらいて、空を
    soramimi_cake
    soramimi_cake 2023/07/19
    この人の一連の話の主人公キャラ達のこういう静かに優秀で勤勉で達観して分別臭くて前向きな感じが眩しいのよな。自分と対極だからだろうけど(まぁ性別的にも対極か)
  • もうどうでもいいや あるいは老いについて - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それから三年が経過したので、わたしたちの犬も三歳である。夫はずっと飼いたがっていたし、わたしだって犬は大好きなのだが、わたしが誓いを立てていて、それでずっと飼わずにいたのである。 わたしは七歳のときから犬と暮らしていた。耳が半ば垂れていて、耳と目のまわりが茶色の、ちょっと短足の犬だった。そのころ父の事業の景気がよくて、わたしたちは庭のついた二階建ての家に住んでいた。都心に近い場所のわりに立派な家であったように思う。自家用車があり、夏休みと冬休みには家族旅行に出かけた。わたしは何不自由ない環境で育った子どもで、その環境に疑問を持ったこともなかった。九つのころ、犬の朝のお世話を自分でやると宣言した。わたしはその犬をとてもかわいがっていた。 わたしが十一歳になった年、父の事業が頓挫した。あれよあれよという間に父の会社は人の手に

    もうどうでもいいや あるいは老いについて - 傘をひらいて、空を
    soramimi_cake
    soramimi_cake 2023/07/05
    "犬のことだけではない。わたしは避けていた食品添加物をまあいいやと摂るようになり、子どもには決してさせなかったことも孫にはまあいいやと見逃すようになり…もういいじゃない、そんなの”
  • 知人の選択 あるいは老いについて - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それから三年あまり、わたしの連絡ツール各種にはすでに誰だかわからなくなったアカウントが大量にある。 わたしは今年三十三歳で、この世代の中では比較的長期にわたって感染リスクを重く見ていたほうだったかもしれない。しかし極端に人づきあいを制限しつづけたわけではない。最初の緊急事態宣言があけてからはひとり二人と会うことはしていた。もともと大勢よりサシのつきあいが好きなタイプだから、それほど強い不自由を感じてはいなかった。 今年に入ってからは一気に相手を増やし、疫病流行以来顔を合わせていなかった人とたくさん会った。職場が同じだが常には接点がない同僚とか、趣味の場で知り合って「次はどこそこに行きましょう」という連絡が宙に浮いたままだった相手とか、数年に一度集まっていた高校時代の同級生とか、そんな人々である。 今週末は親しい友人の妹と

    知人の選択 あるいは老いについて - 傘をひらいて、空を
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    soramimi_cake 2023/07/05
    "知らない人と対面する場…今はあれこれ再開されているのだろうけれど…三十代前半でこんなことを言うのは生意気なのかもしれないけれど、わたしはもう「広げる」フェーズではないのだと思う。老いたといっていいか"
  • 人生のピットイン あるいは老いについて - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それから三年あまり、わたしの「ピットイン」はほぼ完了した。 三十歳とか三十五歳とか四十歳とか、節目の数字で自分の年齢について考える人が多いようだ。人間は成長期を終えたらずっと老いているので、どこかで区切らないと老いに向かい合いにくいためだろう。 わたしはそのように節目の年に考える戦略を採用していない。わりと激務が好きなたちなので、いざ節目の年になって「このように変わろう」と思ったって仕事がそれを許さない。それでイライラするくらいなら、仕事の区切りに人生を変更したほうがよい。わたしは資格職を選んだので、年単位で計画すればそれが可能である。若いころは転職したし、疫病流行下では事務所の共同経営者になった。遊びに行くのも不自由な状態が続き、リモートワークなども可能になった(わたしは書類を見るために出勤してたけど)。 よし、とわた

    人生のピットイン あるいは老いについて - 傘をひらいて、空を
  • 春の滋養 あるいは老いについて - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それから二年ほどで料理の腕前に磨きがかかった。いしん坊に外を禁じたら自炊に力を入れる。自然な成り行きである。 今年はいわゆる行動制限がすべてなくなったが、料理の腕は残った。年をとって外はちょっと重いと感じることも増えた。家で好きなものを作ってべるのは快適なことである。ことに春は好きな材が多い。 春キャベツと春にんじんの、半ば甘酢漬けのようなコールスロー。新玉葱は生も好きだけれど、オーブンで焼くのが最高。うどはスティック状にしておいて、りんごみたいにかじる。スナップえんどうもゆでただけのをおやつ感覚でべる。そら豆は皮が黒くなるまでグリルで焼いて、焼いたのが余ったらパスタに入れて、豆ごはんも一度は炊きたい。 週末は自転車で十五分のところにある大きな魚屋に行っておすすめを買う。今週は白ミル貝である。疫病禍二年目の春

    春の滋養 あるいは老いについて - 傘をひらいて、空を
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    soramimi_cake 2023/07/05
    "身近にたけのこのあく抜きをやる人がいなくなって…自分で下ゆですると姫皮を食べられるのにねと誰かに話す…春になっても豆のひとつも買おうと思わず…わたしは言うだろう。もう一生分食べたから、いいのよ"
  • 大人になったみいちゃん - 傘をひらいて、空を

    議事録を書くためにリモート会議の録画を再生すると、母の声がした。 もちろんそれはわたしの声だ。ふだん自分が聞いている自分の声は、人が聞いているのと同じ音ではない。頭の中でこもって反響した音がまじった声なのだ。わたしが思うわたしの声はだから、わたししか知らない。みんなにとって、わたしの声は母の声と同じものだ。 わたしは録画を停止する。それからふたたび再生する。大丈夫、これはわたしの声だ。少し聞き慣れないけれど、たしかにわたしの声だ。わたしが話したことを話していて、わたしの顔についたわたしの口を動かしている。大丈夫だ。 そう思う。 【エントリは、はてなブログ×codoc連携サービスのプロモーションのため、はてなからの依頼を受けて投稿しています。以下、有料部分です。】 この続きはcodocで購入

    大人になったみいちゃん - 傘をひらいて、空を
  • 蟹座のようなわたしの労働 - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それから三年、大学の授業はほぼ対面に戻る。なし崩しに制限のなくなった生活の中、感染症は再流行するだろう。社会での扱いが変わったからといって病気がなくなるわけではない。死ぬ人がいなくなるのではない。後遺症がなくなるのではない。もちろん。 しかしそれはそれとして大学に学生がいっぱいるのはいいものである。新学期、とわたしは思う。 研究業界の就職のしんどいことはインターネットでもよく言われている。それでもわたしは自分が期間の定めのないアカデミックポジションを取れる確率は八割と踏んでいた。抜きん出た才覚や業績があるからではない。研究者としては並である。 わたしはいわゆる教育大学で要求される多様な仕事をこなすことができるし、「こんなの自分の仕事じゃない」とか思うことがなく、必要ならハードな交渉をする。「これ教えられますか」と言われれ

    蟹座のようなわたしの労働 - 傘をひらいて、空を
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    soramimi_cake 2023/07/05
    "わたしよりずっと研究能力があったのに心が繊細でプライドが高くて就職に苦労して業界を去った友だち…わたしには自信がないから動けませんと言って立ち止まることのできる環境が与えられなかった。それだけのこと"
  • 欺瞞の誕生 - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それからいくらかしてわたしの家にテレビが導入された。わたしも夫もテレビを観る習慣がなかったのだが、出かける機会が減って退屈になり、家で映画を観るために購入したのだ。そうして週に一、二度、リビングで映画やドキュメンタリーを流している。 昨日はその画面に「橋の欄干を乗り越える人」が映った。高所から飛んでグライダーで着地するスポーツをやっているのだった。するとわたしの脳裏に陽気なわたしの声が響いた。おお、最近のゲームはよくできているなあ、映画みたいだ。 わたしは軽い高所恐怖症である。そのくせ高いところに登りたがって、足元がぞくぞくするのを楽しんでいる。といってもビルの屋上だとか、大きな橋だとか、その程度である。(自分的に)いちばん過激な経験はスキーのジャンプ台にのぼったことだった。小学生たちもいたので彼らの勇気に感服した。わた

    欺瞞の誕生 - 傘をひらいて、空を
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    soramimi_cake 2023/07/05
    "わたし自身は両親もきょうだいも愛していなかった…物心ついたときから親との情緒的な結びつきがなかったので(母は幼児までのわたしの世話を物理的にのみしていたと推測している)、家族を愛していなかった"
  • マスクを着ける要件 - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それから三年あまり、世界的な緊急事態宣言が解除され、日でも他の感染症と同じ扱いになった。この数日のことである。 それでわたしはマスクを観ている。人々がどのようにマスクを扱うかを観覧している。それで何をするというのでもない。急速に広まった習慣の急速な変化は何かをあらわしているようで興味深いという、ほんとうにそれだけの理由で見物している。 もちろん、疫病はなくなったのではない。今後もばんばん感染の波が来るだろうし、今日も人がたくさん死んでいる。しかしそれが長期化し、ワクチン接種などの対応がひととおり整えられ、しかも根絶できるようなものでもないので、日常に組み込まれたと、大雑把に言えばそういうことである。 こういうとき、人は左右を見る。きょろきょろする。そして自分のマスクをどうするか決める。疫病に関する科学的な事実に変化はな

    マスクを着ける要件 - 傘をひらいて、空を
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    soramimi_cake 2023/07/05
    "こうした不思議な「許される」「許されない」という感覚…マスクにかぎらず、その人が感じる「許されない」事項が多ければ多いほど、その人は…決める側でなく決められる側にいる。わたしはそれを弱者と呼ぶ"
  • 缶詰課長の巨大な欲望 - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それから三年たった春、給湯室に「缶詰課長」の段ボールが復活した。 缶詰課長は総務課の課長である。もちろん名ではない。年のころなら四十路の半ば、若いころ老けて見えるタイプのようで、わたしが入社して以降、十年ほど同じような容貌のままである。元陸上選手で今でも走るからか、中年太りには縁がない。 缶詰課長は常時半袖である。体温が高いから、というのが人の言で、ほとんど一年中、襟のついた半袖の、ネイビーブルーのシャツを着て、来客対応や上司との面談があるときにだけスーツを着用する。ジャケットの下はもちろんいわゆるワイシャツである。課長はよほどそれが嫌いらしく、来客が帰るとわざわざ手洗いで着替えて戻ってくる。いつもの服はシャツを七枚、パンツを四枚、スーツは二セット、それぞれ同じものを買うのだと話していた。 それだけ聞くとスティーブ・

    缶詰課長の巨大な欲望 - 傘をひらいて、空を
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    soramimi_cake 2023/07/05
    "周囲はだいたい自分より裕福で、いろんな遊び方を彼に見せた…いくつかに手をつけて、彼は悟った。だめだ、楽しすぎる。頭ふわーってなる…箍を填めないとおれはあっというまに…大量に借金して人生がだめになる"
  • わたしの大切な不安 - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。流行は三年に達し、直接の知り合いが幾人も罹患した。わたしもかかった。そのために周囲でにわかに注目を集めたのが保険である。症状が重かったので医療保険がおりて助かったという人もあれば、生命保険も含めてプランを棚卸ししたという人もあった。 わたしはといえば、めちゃくちゃ呆れられた。民間の保険というものにひとつも入っていなかったからである。ずっと労働しているが、医療保険にも生命保険にも、これまで一度も入ったことがない。年齢は四十五歳であって、いわゆる保険の入りどきはとうに過ぎている。なお、今後も入る予定はない。 そんなやつ見たことない、と友人のひとりは言った。彼女は企業で人事をやっている。年末調整の書類には会社の人々の保険会社が出した書面が添付されていて、彼女はそれを扱う。額面の多寡はあれどゼロということはまずないと、そのように

    わたしの大切な不安 - 傘をひらいて、空を
    soramimi_cake
    soramimi_cake 2023/07/05
    保険料控除があるからその範囲内で入ってはいるが、この文章の人が言うのと似た理由で基本的には要らないと思っている。保険料控除があっても加入は損だと説得されたら脱けるかもしれない。
  • だって他人だもん - 傘をひらいて、空を

    上司がビールを注文した。わたしは咄嗟に目を伏せ、その目を左右に泳がせた。隣の後輩とがっちり目が合った。彼もまた目を伏せてそれを泳がせていたのである。 今日は会社の近くで飲んでいた。わたしは様子を見て一次会でおいとました。駅に向かって歩き出すと、先ほど目があった後輩が追いついてきた。 彼は言った。あの人、飲むんすね。わたしも言った。飲むんだね。びっくりしたわ。 上司は先月、会議中に倒れた。発見が遅れたら死んでもおかしくなかったそうだ。人があとからそう言っていた。人がいるところで倒れたのがよかった、というのもなんだが、しかしよかったのだ、迅速に病院に運ばれて、死なずに済んで、すぐに会社に出てくるほど回復したのだから。 この上司の不摂生は有名だった。今どき珍しいくらいよく飲む。翌日が平日でも終電を超えて飲む。短めの二次会までは普通の飲み会である。最初からよく飲む人だが、その後は飲み方がより激し

    だって他人だもん - 傘をひらいて、空を
    soramimi_cake
    soramimi_cake 2023/07/05
    "疫病が流行しているのでよぶんな外出"で始まってない(前にも一度あった気がするが今見たら無い)/他人が死んだり消えたりは寧ろ好ましいと思う方だが、目障りな存在でいる時間が延びる系の迷惑行動なら介入はするかも
  • 羽鳥先生の静かな正月 - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それ以来、盆正月恒例の集まりは基的にオンライン、ときどき対面というぐあいになった。 恒例の集まり、といっても親戚づきあいではない。大学の先輩後輩三名の集まりである。同業で気心知れていて職場が別なので、情報交換に適した人選なのだと思う。いつかの集まりで僕がそう言うと、メンバーのひとりから「ただ友だちなだけでは?」と言われた。そうかもしれなかった。 ただ友だちなだけで盆正月に会うのはおかしいと言われたことはあった。電話をかけてきて帰省の日程を尋ねた母に「その日はこういう予定があるので」とこたえたらそう言われたのだった。僕は自分の振る舞いが一般的でないと自覚しているので、「わかりました」とこたえた。そうしてそれ以来よその人に盆正月の予定を訊かれたときには「その日は仕事の都合で」と答えている。 僕の帰省は半ば以上、弟のためにし

    羽鳥先生の静かな正月 - 傘をひらいて、空を
  • 恨みの要件 - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。何度か出された通達が「いくらなんでももういいだろう」という感じで止まり、いわゆる行動制限が解除されたのがつい最近のことである。 疫病自体はぜんぜんおさまっていないので、相変わらずワクチンを打ったりマスクをしたりはしている。疫病以降に知り合った人とはじめて事に行くと、「こんな顔で笑うんだ」と思う。顔の下半分を出さずに過ごしていたのだから、そりゃあそうだろう。口というのは表情のけっこうな割合を占めるものなのだ。 そのようにしてはじめて顔を見た職場の若い人が、ぽつりと訊くのである。人を恨んだことってありますか。自分をすごくひどい目に遭わせた相手への感情に、どう折り合いをつけたらいいと思いますか。 わたしが生まれ育った家庭は悲惨なところで、職場の人間もそれを知っている。検索すれば名と職場が出てくるたぐいの仕事をしているために

    恨みの要件 - 傘をひらいて、空を
  • 彼女がいちばんきれいだったころ - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それから三年ばかり、久しぶりの連絡が増えている。そうして「実はあのころ」という話を、ぽつぽつと聞く。実はあのころ、子どもが不登校になってね。いいえ、中学校に上がったらけろっとしちゃって。実はあのころ、わたしガンになってね。いいえ、もうほぼ完治してる、ちょっと手術しただけで、予後がすごくいいタイプのもので、たまに検査しに行くだけで、ほんとうにどうということもない。 全部終わったから、言うんだけど。 疫病の流行からしばらく続いた、いわゆる行動制限中でも「この人たちなら」と思って会う人には、彼女たちはその話をしたのだろう。わたしにとってそういう仲でなかった人たちは、その身に起きたあれこれを黙っていて、今になってぽつぽつ話す。 わたしには年長の女友達がいくらかいて、なかでもわたしに年の近い人が、やはりそのように言うのだった。男と

    彼女がいちばんきれいだったころ - 傘をひらいて、空を
  • 遠い薔薇の日々 - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それは何度か繰り返され、行動制限と呼ばれるようになった。先だってそのすべてが解除され、しかし感染状況は相変わらずなので、大勢が集まる場はなんとなく左右を見ながらぬるりと再開されている。 私的な集まりが二人から三人、五人、八人と少しずつ大きくなり、勤務先でも三年ぶりに歓送迎会の開催が決まって、出身校の同窓会組織が数年に一度呼びかける集まりもいちおうは「非公式」として実施されることになった。 彼と会うのは十年ぶりにもなるだろうか。疫病とは関係なく会っていなかったし、連絡も取っていなかった。そういう間柄ではないのだ。やあ、と彼は言った。首が少し前に出ている、と私は思った。大きな花が花瓶の中で弱っているような角度だった。 私はSNSをやらない。他人のも見ない。特段の主義主張があってのことでなく、単に面倒なのである。だから彼の近況

    遠い薔薇の日々 - 傘をひらいて、空を
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