白人警察官によるジョージ・フロイドさん殺害に抗議する集会は、コロナ下の北米でほとんどの都市に瞬く間に広がった。事件が偶然ではなく、「制度的人種差別」(systemic racism)によって引き起こされたことを追及している=2020年6月、カナダ・キングストンで、溝越賢撮影 アメリカを代表するIT企業のIBM、マイクロソフト、アマゾンの3社が6月、相次いで顔認証システムの開発・販売から撤退する、あるいは警察への販売を停止すると発表した。 顔認証システムとは、目と目の間の距離や鼻の長さ、あごの角度など、顔の複数の部分を数値化して照合し、個人を特定する技術だ。20年ほど前から販売競争が始まり、警察などの取締機関が空港や駅などに監視カメラを設置して、顔認証システムをインストールしてきた。が、人々のプライバシーを奪い、行動の自由を制限すると世界各国で物議をかもしてきた。 禁止する自治体が増加 私は
カウント・オジーはラスタ・ドラミングの第一人者であった。彼のドラムは旧約聖書の詩篇、第133篇の“見よ、調和のもとに同胞が共に暮らすことがどれほど楽しいものか”と共に崇められた。彼の存在は、ジャマイカ音楽が共有する先祖と文化遺産の切れ目のないつながりを信仰的に証明する直感的な行為として現在も影響を与えている。 カウント・オジー(Count Ossie)はオズワルド・ウィリアムズ(Oswald Williams)として1926年3月、セント・トーマス教区で誕生した。彼は若くしてブル(Buru)ドラムの師匠、ブラザー・ジョブ(Brother Job)により伝統的なアフロ・ジャマイカン・クミナ(Afro-Jamaican Kumina)、またブル・ハンドの叩き方そしてチャンティングの技巧を教わった。オジーはもともとフンデ(Funde)というドラムを習い始め、卒業後はリピーター(Repeater)
1970年7月にシングルとして発表された「セックス・マシーン」は、ジェームス・ブラウンの新たな黄金時代の幕開けを飾った。当事者の一人であるブーツィー・コリンズが、ソウルのゴッドファーザーと作り上げた金字塔を振り返る。 いきなり訪れた「超次元の体験」 ジェームス・ブラウンはバスには乗らなかった。彼の移動手段はプライベートジェットだったからだ。それだけに、1970年の春にナッシュビルで行われたライブの後、ソウル・ブラザー・ナンバー・ワンことブラウンが、その右腕であるオルガン奏者のボビー・バードと一緒に、彼の新たなバックバンドのツアーバスに入ってきた時、現場にいた誰もが思わず身を固くした。 「まるで『トワイライト・ゾーン』のワンシーンだった。何かのドッキリかと思ったくらいさ」ベーシストのブーツィー・コリンズは笑ってそう話す。その数カ月前、ブラウンのバックバンドのメンバー全員がブラウンに反旗を翻し
ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下から75年。アメリカ軍による非道な行為を許さず、その惨状を語り継ぐことは大切である。それと同時に、「日本政府は原爆の被害から国民を守ろうとしたのか」という視点も重要である。史実を掘り起こすと、現在のコロナ対策にも通じる問題点が浮かび上がってくる……。 政府が説く「火の用心」と「手袋」 1945年(昭和20年)8月6日に広島、8月9日に長崎に原子爆弾が投下された。熱線、爆風、放射線が襲いかかり、町は火炎に包まれて「火の海」になり、放射性物質を多く含んだ「黒い雨」も人々に降り注いだ。 死者は広島市で約14万人、長崎市で約7万人(いずれも推計値)。生き残った人々も、放射線や熱線による被害に苦しみ続ける。たった一発の核兵器がこれだけの被害をもたらす。 戦時中の日本では、こうした被害は隠された。「空襲は怖くない」という情報統制と、「逃げずに火を消せ」という防空法が徹底さ
「この原作をマンガ化しようと考えた作家がいるとは想像しなかった。瞠目する。原作者の慧眼をもって、酷寒のロシア戦線での女性の洗濯兵と狙撃兵の異形をあぶり出した辣腕には敬意を表したい。それをマンガ化した作者の蛮勇にも脱帽する。男性の政治家と経済人たちの必読の書である。女たちは美しくも切なく強靭であったのは事実なのだ。」――本作の単行本第1巻が発売された際、『機動戦士ガンダム』『Gのレコンギスタ』を手掛ける富野由悠季監督が熱い檄文を寄せた。今回は著者の小梅けいとと監修の速水螺旋人をまじえて、本書にかける思いを語り合っていただいた。 速水 ありがたい言葉をいただき、光栄でした。「蛮勇」という言葉は、作品をお手伝いしている僕の立場からも、ふさわしい言葉だなと思っていました。富野監督からご覧になっても「蛮勇」に見えるのだなと、あらためて実感しました。 ──富野監督は、この帯文にどのような思いを込められ
香港の美術界は「国家安全法」にどう反応しているのか? 「アートによる抵抗は恐怖では消えない」中国政府が香港特別行政区における国家安全を維持するための「香港国家安全維持法」が施行され、約1ヶ月が経った。芸術表現や言論の自由、文化交流における検閲が懸念される同法に対し、香港の美術界はどう反応しているのだろうか? 現地の美術関係者を取材した。 文=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部) 中国政府は6月30日、香港特別行政区における国家安全を維持するための「香港国家安全維持法」(以下、安全法)を施行。それとともに、中国中央政府の監督や問責を受け、法執行力を整備する国家安全維持委員会や国家安全維持部門なども設立した。 香港立法府の頭越しに採決されたこの安全法では、国家分裂罪、国家政権転覆罪、テロ活動罪、外国または境外勢力と結託し国家安全に危害を及ぼす罪といった4種類の犯罪行為の構成や相応の刑事責任、そ
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