診察室に入ってきたのは明らかに不機嫌そうな顔をした、やせ細った老女である。 「今日はどうしました? どこが悪いのですか?」 「どこが悪いってかい、ちょっとせんせー、聞いてよー、あたしってさあ、女ばっかりの三人姉妹なのね、ところがその中で一番ブサイクで生まれてさあ、どこが悪いってかい、よくぞ聞いてくれたよ、ほんと、どこが悪いかって、ちょっとこれ見てくれる?」 そう言いながら女性はマスクを外した。 「これよ、これ、この鼻が低いのよー、それでねー、そのことに気づいたのは中学校の美術の授業があってさあ、そのとき授業で自画像を描いたのね、あたしはそのとき鏡を見てさ……」 ここで私はカルテに「主訴:鼻が低い」と書いた。
精神科臨床において,医師の発する言葉が患者さんの回復に重要な役割を果たすことは,論をまちません。一方で,患者さんからの何気ない「ひと言」が,臨床実践や研究に貴重な気付きをもたらしたり,精神科医としての働き方を問い直すきっかけになった,そんな経験はないでしょうか。 文豪,吉川英治は“我以外皆我師”を座右銘に「接する人全てから学ぶことがある」と説きました。それになぞらえ,本企画では精神科医の方々に「今も心に残る患者さんの“ひと言”」と「そこから得た学び・気付き」をご寄稿いただきました。 松本 俊彦(国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部室長/自殺予防総合対策センター副センター長) 「やめ方を教えてほしいんだよ」 私が薬物依存症患者とかかわるようになったのは,医者になって5年目のときであった。大学医局で繰り広げられた,依存症専門病院への医局員派遣をめぐる,美しくない譲り合
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く