http://anond.hatelabo.jp/20070312143052 よく道を聞かれる俺は、よく道を聞かれる女と出会って夫婦になったよ。 隙だらけとか何とか言うけど、人生そういうこともあるから、気にせずそのまま生きろ。
ベトナムのことに関しては、ホー・チ・ミンの「独立宣言文」がいつも気になるのだった。 →ベトナム独立宣言文 質問 ベトナムの独立宣言文の中に、「日本軍が北ベトナムに進駐したことにより、200万人の餓死者を出した」と日本を非難しています。そのような事実があったのですか。 回答 正確な文面は確認していませんが、1945年のベトナムの独立宣言に、「200万人の人が日本軍の米の強制購入で餓死した」と書かれていたと承知しています。 (中略) 我々は200万人の死者が真実か否かは分かりません。しかし日本軍が配置したのは一個師団、約2万5千人です。2万5千人増加した為、200万人の人々が餓死するということはありません。200万人の餓死者は台風や洪水、米軍の交通手段の破壊によるものです。 「南京大虐殺」の何倍? ぼくはベトナム語はさっぱりなので、史料とか事実検証は難しいんですが、一応英文の独立宣言はそんなに
というか。 例えば。これは金田正太郎的問題。 好きな女性ができて孕ませたが出征しなければならない男がいるとする。彼が生存したい理由は、その子供に会いたい、ということである、という主張はけっこう説得力がある。 いや別に子供に会いたいとも思わないし、戦場で死んでもいいやと考える男がいるか? これは設定的に無理。というのは、男にとってその女は「好きな女性」だったから。 つうことは。 最初に愛があると、生存の理由というのは付随しちゃうもんだし、子供とかできちゃうし、人類になってしまう。 なので、その男にとって、最初に、「好きな女性」という原初のイベントがありえたか、が、とても重要になる。 もっといえば、人生の場で、「愛」に遭遇したか? で、愛とはなんぞやとかとりあえずスルー。 ここでは、愛とは、あなたの外部から突然嵐のようにやってきて、あなたがそれまで惰性的に存在した理由をすべて奪い去っていくこと
理由は簡単で、嘘つき野郎だから(ちなみ彼自身がそう言っているのだからそう誹謗にもならないと思うのでそう言うのだけどね)。 でも、お前だって、嘘つき野郎じゃないかと言われると、ぎゃふん。ま、そのあたりはどっちもどっちだろうか。 ただ、しいていうと、私は、人を騙すために嘘をつくことはあまりない。というか、もっと言うと、そういうことで利害関係が変わる場というのが好きじゃない。つまり、嘘が意味を持つ場というのを基本的に避ける。 もうちょっというと、私は、ドンヅメの時には、すべて聖霊に任してしまう、というとキリスト教徒っぽいけど、イエスが立つことに任せる(比喩ですよ為念)。小細工をしない。自動車にひかれて死んじゃうことだってあるくらいな。 で、と。 上祐史浩みたいな嘘つき人間はうじゃっと世の中にいる。 なるべくそういう人間そのものを避ける。 避けられないことがあるのは、人間力学的な関係の場に置かれた
ベトナムのことに関しては、ホー・チ・ミンの「独立宣言文」がいつも気になるのだった。 →ベトナム独立宣言文 質問 ベトナムの独立宣言文の中に、「日本軍が北ベトナムに進駐したことにより、200万人の餓死者を出した」と日本を非難しています。そのような事実があったのですか。 回答 正確な文面は確認していませんが、1945年のベトナムの独立宣言に、「200万人の人が日本軍の米の強制購入で餓死した」と書かれていたと承知しています。 (中略) 我々は200万人の死者が真実か否かは分かりません。しかし日本軍が配置したのは一個師団、約2万5千人です。2万5千人増加した為、200万人の人々が餓死するということはありません。200万人の餓死者は台風や洪水、米軍の交通手段の破壊によるものです。 「南京大虐殺」の何倍? ぼくはベトナム語はさっぱりなので、史料とか事実検証は難しいんですが、一応英文の独立宣言はそんなに
2007年03月12日01:02 カテゴリ オウム上祐史裕が教団(アレフ)を独立することについてコメント依頼が多く来ているので、ここに書く オウムの上祐が新団体を設立して独立するというニュースが流れているが、これは、かなり前から動きがあったことで予想通り。 マスコミの取材には、麻原教祖の影響をなくすかのように、「ああいえば上祐」受け答えしているが、オウム信者達にはそのようなメッセージは送っていない。ヴァジラヤーナの教えで、彼らは、踏絵をしてみせるぐらい屁でもないのだ。独立するにあたって、旧団体、いわゆる麻原派とは、どちらが麻原の教えをより忠実に実践しているかというのが、末端信者の取り合いの論理で、内向けには、上祐の新団体もオウム麻原団体であることには変わりがないことを発信し続けている。もちろん、上祐にはそれ以外の論理はあり得ない。 なぜ、上祐は独立するのか? 最大の理由は、サリン被害者への
逆リンク! http://www.suzaku-s.net/2007/03/hatena.html http://d.hatena.ne.jp/Another-Piece/20070310/p1 全然話の流れを無視しますけども、俺も自己評価はやっぱりテキストサイトの人で、だけど誰もテキストサイト時代の俺を知らないのでいつのまにかはてなの人になってて、今やそれすらも忘れ去られて、大多数にとって「誰おまえ」っていう状態なんだと思った。割とそういう状態は心地よかったりしますけども、やっぱり自己同一性を完全に無視された状態で個別エントリにさまざまな感想がつくと、「んー」ってなったりもします。たとえば、手前味噌な話で申し訳ないですけども、「はてなの本」の巻頭に寄稿させてもらった、黎明期のはてなに対する期待を込めた文章とか、そういったことはブクマ勢の人たちはまるで知らないわけで、「バラエティー番組で好
目次 2007年3月31日 - 『数学ガール』原稿再送付 / まちゅさんに会う / 2007年3月30日 - 第9章の朱反映が終了 / 長門結城 / 意外と難しい数学クイズ(解答編) / 2007年3月28日 - 淡々と進める、今日の仕事 / 意外と難しい数学クイズ(問題編) / 2007年3月27日 - やっと第8章まで来た / 2007年3月26日 - 自動書記による数学クイズ / いつもの仕事 / 『数学ガール』で登場人物をイラスト化しないことについて / 2007年3月25日 - 『数学ガール』の仕事は続く / 2007年3月23日 - 『数学ガール』は2007年6月刊行予定 / 2007年3月20日 - 春分の日なのでLingrでチャット: Free Talk on Writing 2007, Part 3→終了 / 長男とLaTeX談義 / 2007年3月19日 - 『数学ガー
みなさん、こんにちは。 藤沢Kazuです。 今日は、「なぜ日本人女は外国でモテるのか?」と言う現象に対して科学的に迫って行きたいと思います。 海外に住んだことがある人なら分かると思いますが、日本人女は一見外人男にちやほやされているように見えます。 また、六本木のクラブなんかに遊びに行くと、外人男が日本人女を口説いている光景をいつも見ることが出来ます。 もちろん、たいていの日本人女は英語がしゃべれないのでニコニコ笑っているだけのことが多いのですが。 その点、日本人男が外人女を口説き落とすのは並大抵のことではありません。 さて、結論から言うと、日本人女がモテる理由は、日本の稚拙な英語教育にあります。 本来、言語と言うのは、人間の感情や行動に密接に結びついています。 例えば、Fuck you!と言われれば、アドレナリンがふつふつと湧き出してきますし、女性でしたら男性との会話の中で現れる微妙なセク
雑感やっぱり意味がないことに気づいた。 こんなところにメッセージを残してもなんの意味もない。意味があるのは100以上のブックマークがついた時だけだ。それ以外はただの徒労だ。匿名だから感情をぶつけようかと思ったけど最近流行?の纏めでもやると良いと思いますよ。あと、釣りやすいタイトルもお薦めです。纏める事で最近有名なid:sirouto2様が私のタイトル付けを『驚くほどブクマが集まる』と激賛してくださっている事からもおわかりかと思いますが、id:ululunの釣り系タイトルは物凄く参考になると思いますよ!!自分で言うのもアレですけれど、本当にお薦めです。 どんなに重要なメッセージでも、書きなぐってしまったらメッセージは伝わらない。そう、読者は馬鹿なのだ。馬鹿でもわかるようにメッセージは書かないと意味がないのだ。書き殴りで有名な私が申し上げます。脊髄反射で感情剥き出し、脇の甘さを露呈したツッコミ
最近どうも翻訳小説を読む人が、ミステリーとSFを除くと減っているみたいで。 それも英語圏以外のものに関してはさっぱりなわけで。 でもって、SFとミステリーも、売れているものはそれなりにあってもベストセラーにはあまりならなくなっていて。 SF・ミステリー業界では「シリーズものの続きが出ない」ものがいくらでもあるわけです。 そんなことは昔からですが。たとえば「ナポレオン・ソロ」(一世を風靡した痛快娯楽スパイ小説。TVドラマのほうが有名)ですら全部は翻訳されなかったんじゃないかな。 で、今後の状況なんですが、たとえば値段を高くすれば固定読者は買う(SFなんかはすでにそうなっている)。問題は、翻訳者が翻訳して食っていけるか、という経済的なところでして。 すでにロシア語・ドイツ語・イタリア語・スペイン語・フランス語などの小説の翻訳者は、初版3000部で5000円、みたいな本(それでもあちらではそこそ
「わたしのもとに来て、自分の父、母、妻、子、兄弟、姉妹、そのうえ 自分のいのちまでも憎まない者は、わたしの弟子になることができません」 (ルカ伝14-26) キリスト教は愛の宗教であるという。 仏教が哲学的な宗教で、イスラム教が儀式的な宗教であるように、 キリスト教というのは愛を高唱する倫理的宗教であるという。 自分で聖書を読んだことがない人は、 「キリスト教=愛の教え」と勘違いするかもしれない。 しかし、それは違う。 もちろん、イエスは愛を説いた。 人類史上、最大の愛の権威者は、イエスである。 だからキリスト教をもって愛の教えと解するのは、 わからなくもない。 だが、キリスト教の本質は愛ではなく、キリストである。 もし聖書のメッセージが「愛」の一言であれば、 上記の聖句にあるように、自分の家族を憎むというような、 愛に反する教えはあってはならない筈である。 「自分の敵を愛せ」(マタイ伝5
親子舟歌 田端義夫さんと白鳥みづえさんの歌う「親子舟歌」は名曲と思います。 地球国アジア県日本村 見方の転換、パラダイムの転換が必要と思います。 夕暮れの灯 坂道を上り、振り返った時に見えた、遥か彼方の、夕暮れの灯は、暗い世に輝く、真理の光の幻影であるかのように、遠い昔の記憶の中に常に眠っている 比島慰霊巡拝の旅 比島戦跡を訪ねて 戦い終えて 実家の近くに神社がありました。そこで、よく遊びました。秋の祭りの時にも賑わいました。野外映画で、「神楽坂はん子」という歌手の名前を知りました。 蛇と精神分析 キリスト教の救いと精神分析の癒やしとの間の関係に関する着想 乳と蜜の流れる里 新しき中世を求めて アメリカン・スピリット 映画「パットン将軍」の教えるもの 日本の古都 昭和40年代前半の京都を訪ねて 人間の創造 神が、すべてよし、と、創造を評価されたのは、どの時点であったのか。「神の像」付与の時
うまくいかない日に仕込むラペ 「あぁ、今日のわたしダメダメだ…」 そういう日は何かで取り返したくなる。長々と夜更かしして本を読んだり、刺繍をしたり…日中の自分のミスを取り戻すが如く、意味のあることをしたくなるのです。 うまくいかなかった日のわたしの最近のリベンジ方法。美味しいラペを…
先日、R-1グランプリで優勝した、ザ・プラン9、なだぎ武の『ビバリーヒルズ青春白書』が元ネタの、ディランネタ。 昨年あたりから、深夜番組などを中心に、友近扮する「キャサリン」と組んで、「ディラン&キャサリン」として披露していたが、何度みても笑える、完成度の高さだと思う。 最近は、テレビをつけっぱなしにして、海外吹き替えドラマが流れてくると、「あれ、友近となだぎ?」とマジボケで思ってしまうほど。 それにしても、あの独特の「吹き替えしゃべり」は、アニメなどの声優しゃべりとは、また違う、独特のものがある。どんな特徴があるのか。職人技をマネしたいというのもおこがましいし、ましてそれを言語化類型化しようというのは無粋な話だとは思う。 でも、それを承知のうえで、ぜひやってみたい! というわけで、「友近&なだぎ」ネタと、本物の吹き替えとを見比べて、共通点を探ってみた。 まず1つ目の特徴は、「文節ごとに切
3.ビジネスリサーチの報告書作成 ファクト、ファクト、ファクト〜事実に基づくこと 「What's Your Story?」という提案や提言がないレポートは意味がない、ということがよく言われますが、ビジネスリサーチの報告書は、内容の8〜9割は ファクト … 2021.01.19 2021.05.16 313 view 5.ビジネスリサーチのビジネスモデル ビジネスリサーチがアウトソースされる理由 ビジネスリサーチを社外に依頼する理由①〜信頼できる人「すべては依頼から始まる」からでも書きましたが、依頼主が社外にリサーチを委託する最大の理由は、事業環境を定点で把握… 2021.01.18 2021.05.13 147 view
某サービスの申込書。筆者宅の住所は非常に長いので「○○郡」の記入を省略したいのだが、省略させてもらえない…… 筆者は東北地方の郡部に住む。田舎と言われる東北地方でも、最近の市町村合併で「市民」が増え、今では東北6県1,000万人のうち、町、村に住む「郡民」は200万人に過ぎない。 田舎でも少数派になってしまった。ところで、「郡」とはいったい何だろう。町長や県知事はいても郡長はいない。町税や県税はあっても郡税はない。ニュースや新聞を見ても、「福島県○○町では……」と「○○郡」はいつも省略。とっても影が薄い。朝日新聞広報部に聞いたところ、活字を大きくした関係で字数を減らすため、紛れることがなければ省略しているそうだ。例えば、群馬県にはかつて3つの「東村」があった。こうなると「○○郡」がないと区別できないが、最近の合併で3つとも姿を消してしまったので紛れることがなくなった。 「郡」とは何か、まず
電池の歴史は1800年にイタリアの物理学者ボルタが、希硫酸液に浸けた銅と亜鉛を導線で繋ぐと電気が流れるのを発見したことに始まる。ボルタ電池といわれるものだ。 このボルタ電池、ペリー2度目の来航の安政元(1854)年に将軍への献上品として日本に持ち込まれたが、「取扱注意!」の希硫酸が電解液だったため危なくて使えたものではなかったらしい。 その後、安全性を考慮してフランスのルクランシェが塩化アンモン液と二酸化マンガンと亜鉛からなるルクランシェ電池を開発し、これによって初めて電池の実用化の道が開かれたといわれている。その電池をさらに使いやすいものにと考えられたのが乾電池であった。 ところでこの乾電池が明治18年(1885)に新潟県出身の屋井先蔵(おくいさきぞう)という日本人によって世界に先駆け作られていたのをご存知だろうか。彼が乾電池を発明するきっかけとなった事件が起きたのは、時計屋の年季奉公が
久しぶりに「地獄の黙示録」を見た。これで三回目だが、相変わらず難解な映画だ。しかし、アメリカに長く暮らして来たためか、単に私が歳をとってきたためかは分からないが、少なくともコッポラが何を伝えたかったかだけははっきりと分かるようになって来た。「戦争中に軍人を殺人罪で訴えるなんて、インディの自動車レース中にスピード違反のチケットを渡すようなもの」というセリフに象徴される、既存の価値観をすべて塗り替えてしまうような戦争の狂気。この映画のそれぞれのシーンすべてが、その狂気であふれている。 その意味でも、1979年に作られたこの映画を今でも「最高の戦争映画」と絶賛する評論家がいるのは理解できる。個人的には、その狂気の中でも懸命に生きようとした人々を描いた「ライフ・イズ・ビューティフル」とか「戦場のピアニスト」の方が見た後に元気が出るので好きだが、まあどちらも必用なのだろう。 そこで、私なりの「戦争映
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