とりわけ平成30年発売の最終作『X』で完結となったこの『ランス』シリーズは、第1作『Rance −光をもとめて−』が平成元(1989)年に発売されており、まさに平成という時代のパソコンブーム、PCゲーム業界の変化そのものを色濃く映している作品だと言えるだろう。 そして何より特筆すべき部分は、この『ランス』をはじめ、これらの人気シリーズすべての産みの親が、30年間ずっと開発チームのリーダーであり続けたことにある。 彼の名はTADA。コンシューマー市場にも、30年を超えて続く息の長い人気シリーズはあまり見ない。 TADA氏 それどころか30年売れ続けたシリーズを、ひとりの人物がずっと現場でコントロールし続けていた例はほかに類を見ない。個性的な世界観と、だれにも真似できなかった独自のゲームシステムの数々。 TADA氏の作品はいつも、遊び尽くせぬボリュームと中毒性の高いゲーム性を誇っていた。 たと
10年前の「CEDEC2008」では「どこから作ればいいんだろう?」というテーマのもと、任天堂らしい独創的なゲームの開発に至る過程やトラブル、グローバルに売れるようなものづくり、ゲームというメディアの幅を広げていくための努力などを語った宮本氏。 2度目の登壇となる今回は、10年という月日で向上したテクノロジー技術とスマートフォンの爆発的な普及、そしてそれらがゲーム制作現場にもたらした環境・アイデアの変化などについて語られた。発言の全文掲載はNGだったため、一字一句をそのままに伝えることはできないが、本稿では氏の言葉をなるべくそのまま記していきたい。 なお、基調講演の人気ぶりはすさまじく、開演前から長蛇の列ができており、入場を制限されるほどだった。 取材・文/クドータクヤ 編集/豊田恵吾 撮影/増田雄介 登壇した宮本氏は「いま紹介されましたが「フェローっていったいなんなんですか」とよく聞かれ
当初はパソコンマニアたちのホビーから始まったビデオゲームは、1990年代に入るとその姿を大きく変えようとしていた。 団塊ジュニア世代を中心とした急速な市場の拡大と、高い表現力を持ったコンソール機の登場は、それまでのジャンルでは見たこともない革新的な表現を生み出す土壌を整えた。 ゲームは単なる子どもの遊びの範疇を超え、音楽・映画・小説などのあらゆる表現ジャンルを飲み込んだ、新しい総合的なエンターテイメントとして日に日に期待と注目を集めていたのだ。 松野泰己という“才能”の台頭は、まさにそんな時代の必然で起きた“事件”だった。 クエストという大きからぬメーカーがスーパーファミコンで発表した『伝説のオウガバトル』(1993年)とそれに続く『タクティクスオウガ』(1995年)というタイトルは、それまでのゲームとは一線を画していた。 『伝説のオウガバトル』Wii Uダウンロード版のプレイ画面 (画像
海外のゲームファンたちの間で、「メタスコア」と呼ばれる指標がある。これは、複数のゲームレビューサイトの評価点を集計して、100点満点で算出したもので、そのゲームに対するメディアの評価を反映した数値として、よく海外では参照されている。 今年に入って、このメタスコアで一つ大きな変化が起きている――それは日本産ゲームの台頭だ。 『ペルソナ5』は93点を叩き出した (画像はメタスコアを算出している海外サイトMetacriticより) 具体的には、『ペルソナ5』、『NieR:Automata』……そして何よりも『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』。こうした昨年から今年にかけてリリースされた新作ゲームが、海外で翻訳されて高い評価を得ているのだ。そして、この動きの中心になっているのが、現在40代後半に入って円熟期を迎えつつある、日本の「ゲームクリエイター第二世代」とでも言うべきクリエイターたちで
2017年5月10日から14日にかけて,「東京サンドボックス」というイベントが開催されていた。4日間をかけてゲームビジネス向けのセミナー,展示会,ネットワーキング作りのためのパーティなどが複数開催されており,ゲームを開発している「スタートアップ企業」と投資家やパブリッシャがつながりを作ることがコンセプトのイベントだ。 初日には「Push ゲーム開発者サミット」と題し,ゲームスタートアップ企業へ投資を考えている投資家が,ゲームや開発者の何を見て投資を判断しているかを語るセッションが行われた。 角川ゲームスの安田善巳氏 「Push ゲーム開発者サミット」のオープニングを飾ったのは,ゲーム産業を30年間支えてきたという角川ゲームスの安田善巳氏だ。セッション内容はどちらかといえば投資家に対するメッセージであったため,本稿では割愛させてもらう。 開会の挨拶に続いて,ゲーム投資の識者5名によるセッショ
ゲーム業界の中でも,何度もの困難を乗り越えながら長きにわたって開発が続けられきた二つの作品は,2000年代のゲーム開発事情の残り物であることを我々に思い起こさせる。 これは,一つの時代の終焉である。二つの時代,と言ったほうがよいかもしれない。我々はついに,ゲームショップの店内で,もしくはお好みであればオンラインのショッピングサイトにおいて,2006年から開発が進められてきた「ファイナルファンタジーXV」と,同じく2007年から開発が進んでいる「人喰いの大鷲トリコ」を実際に購入できるようになったのだ。この,おそらく業界でも最も長い期間にわたって開発が続けられ,ときには嘲笑をもって語られ続けてきたプロジェクトも,ようやく一つの終止符を打った。しばらく前にマラソンのような開発が続けられていたゲームと言えば,1997年に開発が始まり2011年にリリースされた「Duke Nukem Forever」
DMMで2016年11月15日12時30分にサービスを開始したオンラインゲーム「カオスサーガ」が、2016年11月16日15時を持ってサービスを終了しました。サービス提供時間はわずか26時間30分、メンテナンス時間を抜くと21時間30分しかプレイできる時間がなかったことになります。 サービス終了の理由は“諸事情”と書かれているのみで、詳細は不明。現在公式サイトのトップには「サービス終了のお知らせ」がでかでか掲載されており、「最新情報」のところにも「サービス終了のお知らせ」のみが出ているという状態に。DMM GAMESトップページからは完全に存在が抹消されており、“なかったこと”になっているようです。 終わった感あふれる公式サイトトップ DMM GAMESのトップページからは存在自体が抹消 なんだこれは、一体何がおきたんだ……という感じですが、どうやらスクウェア・エニックスの「ファイナルファ
PlayStation 4 (以下、PS4)の販売台数が全世界で 4000 万台を突破したという。 スマホゲームが強い日本では、あまり実感がないかもしれないが、海外では現在も家庭用ゲーム機(据え置きゲーム機)の需要は高いのだ。『アンチャーテッド』や『The Last of Us』などのAAAタイトルの名作に支えられて、今やPS4は家庭用ゲーム機としては歴代最速のペースで、世界中でその数字を伸ばし続けている。 PS4の販売台数は全世界で4000万台を突破した。(プレイステーションオフィシャルサイトより)――そんなPSの伝説の始まりとなった、初代PSが我々の目の前に登場したのは、今を遡ること遙か昔、22年前の1994年。 当時は、スーパーファミコンに続く、次世代家庭用ゲーム機のプラットフォーム戦争が激化するまっただ中。同年に発売されたセガの「セガサターン」、96年の任天堂の「NINTENDO6
Cygamesは、去る2014年12月1日、株式会社WITHの株式を取得し、子会社化を発表(買収金額は非公開)。そして2015年3月には「株式会社WithEntertainment」(以下、WithEntertainment)に社名を変更し、新たな一歩を踏み出した。 WithEntertainmentは、「Mobage」でソーシャルゲーム『セブンズストーリー』を配信していたゲーム開発会社。Cygamesでは、今回買収した理由について「小規模ながら優れたゲームを制作してきており、弊社の持つグラフィック力と組み合わせることで、よりよいゲーム制作のための相乗効果が大いに期待できるため」と説明している。 なお、2013年12月にリリースされた『セブンズストーリー』は、重厚な物語と洗練されたバトルシステム、多機能コンテンツなど、カードゲームが中心だった「Mobage」の他社作品とは一線を画するクオリ
配信が始まるや否や全世界を熱狂させている「ポケモンGO」。かつて任天堂の岩田聡前社長が誓った「母親を敵に回さない」という思いは、薄れてはいないだろうか 任天堂とポケモン、スマートフォン(スマホ)向けゲーム「Ingress」で知られる米ナイアンティックの3社がタッグを組み、2016年7月6日にリリースされたスマホゲーム「Pokemon GO(ポケモンGO)」。先行リリースされた米欧に加え、7月22日に公開された日本でも爆発的なブームとなっていることは、改めて説明するまでもないだろう。 記者は、さすがに「ピカチュウ」くらいは知っているものの、「ポケットモンスター」のゲームやアニメは知らない。それでもこれだけブームになれば気になるもの。記者が普段使っているスマホは残念ながらポケモンGOのアプリに非対応だったため、家族のスマホを借りて試した。 自宅や職場周辺という身近な環境にポケモンが出没するとい
【上期総括】ネクソン社長インタビュー「世界のゲーム市場は危機的状況」「必要なのはコモディティ化したゲームではなく、独創的で面白いゲーム」 スマートフォンアプリ業界に身を置く方々に話を伺い、2016年上期の市場動向と下期のトレンドを読み解く特別企画「ゲームアプリ市場のキーマンに訊く2016年上期振り返り」。今回はネクソン<3659>のオーウェン・マホニー社長にインタビューを行い、世界のゲーム市場と同社の取り組みを振り返ってもらいつつ、下半期の展望について語ってもらった。 ――:上半期の世界のスマートフォンゲーム市場についてどうご覧になっていますか? 一言でいいますと、世界のゲーム市場は危機的な状態にあると思っています。各国のゲーム業界の関係者と話をしていると、競争環境が厳しく、マーケティングコストがとんでもなく高騰しているのが今の状況です。そのため、世界中のパブリッシャーや開発会社はこの問題
ネットでくにおくんの話題が盛り上がっても、出来るまでの紆余曲折の話が全く出てこないどころか知らない人が多いのでここに記しておく。 「ふぁみ中 青春ファミコン劇場 激闘編 (綜合ムック)」というムック本にて、くにおくんプロデューサー岸本氏、くにおくんCGデザイナー緒形氏という元テクノスジャパンメインスタッフ両氏にインタビューした「『くにおくん』を育てた男たち」という記事から、要点だけ。 2012年のムック本だし、貴重な資料としての紹介はいいよね? ●「熱血硬派くにおくん」というタイトルはテクノスジャパン社長、瀧邦夫から。「熱血硬派」については、岸本プロデューサーが高校時代グレていた頃に仲間とよく「誰が熱血硬派なんだ!?」という会話をしていて、その言葉が頭に残っていたから。 ●初期のくにおくんスタッフは少人数だが、スタッフの学生時代は不良ブームだったので全員元ヤンキー。岸本プロデューサーは眉毛
「マチ★アソビ vol.6」でイベントのひとつとして、「魔法少女まどか☆マギカ」の大ヒットで大きく知名度を伸ばしたニトロプラスが、美少女ゲームメーカーから多メディアで人気作を放つ現在の形態に至るまでの10年の軌跡を語る講演会が開かれました。 社長のでじたろう氏と副社長のどい氏の出会いから、夜逃げ、「魔法少女まどか☆マギカ」でも脚本を務めたメインライターの虚淵玄氏による「もう子供向けのゲームは作りたくない」発言からの大転換、その後の手探りのゲーム作りなど、クリエイター集団が自分たちの作りたい作品を世に出すための苦闘の歴史が赤裸々に語られていました。 ニトロプラス10年の軌跡の詳細については以下から。ニトロプラス公式サイト Nitroplus Official Site 講演会場は徳島駅から徒歩で5分ほどの場所にある「あわぎんホール」。 講演の内容は「ニトロプラス10年の軌跡~クリエイター発信
【連載】安藤・岩野の「これからこうなる!」 - 第45回「e-Sports元年にはまだ遠かったので、どうすればいいのか考えてみた」 『拡散性ミリオンアーサー』や『ケイオスリングス』など、数々のスマホゲームアプリをヒットさせた、ゲームプロデューサーの安藤武博氏と岩野弘明氏。そんなふたりが毎週交互に執筆を務める「安藤・岩野の“これからこうなる!”」では、スマホゲーム業界の行く末を読み解く、言わば未来を予言(予想)する連載記事を展開していく。 メディアやコンサルが予想するのとは大きく異なり、ふたりは開発者であるがゆえ、仮説を立てたあとに実際現場のなかでゲームを手掛け、その「是非」にも触れることができる。ゲーム開発現場の最前線に立つふたりは、果たして今後どのような未来を予想して、そして歩むのか。 今回の担当:安藤武博氏 ■第45回「e-Sports元年にはまだ遠かったので、どうすればいいのか考えて
鳥山明の名作漫画『Dr.スランプ』に、則巻千兵衛博士のライバルとしてアラレたちに立ちはだかるDr.マシリトなるキャラがいたのを皆さんは、覚えているだろうか。 このキャラのモデルになった人物こそが、今回インタビューする白泉社代表取締役社長・鳥嶋和彦氏にほかならない。 彼の編集者人生は数々の伝説に彩られている。新人賞にかすりもしなかった新人漫画家・鳥山明を一から育て上げ、何百枚にも及ぶボツ原稿を出したあげくに、『Dr.スランプ』や『ドラゴンボール』などの名作をタッグで世に送り出したこと。鳥山明のみならず多くの漫画家にネタにされてきた、その“悪魔のような”強烈なキャラクター。そして90年代後半、週刊少年マガジンにジャンプが追い越された「暗黒期」に編集長として呼び戻され辣腕をふるい、『ONE PIECE』や『NARUTO』、『テニスの王子様』などの作品を次々に世に送り出し、再びジャンプを王者の座に
コナミ(現・コナミホールディングス)、カプコンと渡り歩き、ゲームソフト開発会社のゲームリパブリックを設立した、ゲームプロデューサーの岡本吉起氏。4月2日付当サイト記事『大ヒット「モンスト」生みの親、借金2ケタ億円でゲーム業界から消えていた過去とドン底人生』では、会社が破綻し、数十億の負債を抱えて心身ともにドン底に落ちたところまでをお伝えした。 しかし、岡本氏はその“潜伏期間中”にミクシィと手を組んで「モンスターストライク」を開発、世界的にもトップクラスの売り上げを叩き出す。「モンスト」のコンセプトや運営ノウハウ、そして現在のソーシャルゲーム業界に至るまで、岡本氏の話は続く。 まったく違うソシャゲの世界、理解するのに3年 –会社が破綻し、一時は「行方不明」とまで言われていました。 岡本吉起氏(以下、岡本) ある会社に所属はしていたのですが、気力もなく、仕事はほとんどしていませんでした。「39
種田 そうですね。古くはテレビ番組系のゲームのライセンスなどを行っていたのですけれども、僕がゲームを担当するようになったのは、ちょうどmixiさんやDeNAさんがオープンプラットフォーム化したころです。まさにその当時、gumiの國光(宏尚)さんと知り合ったあたりからやり始めていました。 ――6~7年前というと、いま思い出して懐かしいなと思ったのが、“怒涛のゲームアプリ1000本ノック!!!”というアプリ企画がありましたよね? 記事を書いた記憶があるなと思って(笑) 種田 ありましたね(笑)。Eagleの藤永(真至代表取締役)さんから「一緒にやらないか?」とお話をいただいた企画ですね。あの企画はいろいろとお話をいただいて百何十本くらいやったんですけど、もともと1000本はちょっと多すぎるなと感じていて(笑)。現在はちょっと休止中ですが、彼にはホント感謝しています。 ▼“怒涛のゲームアプリ10
お待たせしました!「樹の上の秘密基地」第4弾は 今年1月に発売されて以来、大ヒットを続けている 「ニンテンドウオールスター! 大乱闘スマッシュブラザーズ」 の情報・産地直送をお届けします。 山梨県は甲府市の隣にある竜王町というところで ゲームソフトを作っている「ハル研究所」 という会社が今回の舞台です。 ここの岩田聡社長は「日本一のゲームプログラマー」 と呼ばれて、「MOTHER2」をはじめ、 数々のソフトをつくりあげてきたひとです。 「星のカービィ」シリーズをつくっているチーム としてもゲームファンにはおなじみですね。 富士山がとてもきれいに見えた、よく晴れたある日に、 「ほぼ日」編集部は竜王町のハル研究所を訪ねて スタッフから開発エピソードをたくさん伺ってきました。 第1回目は、 ハル研究所の歴史を 岩田さんに紹介してもらいながら 「スマッシュブラザーズ」が 生まれるまでのきっかけを、
自分たちを信じて「つくっては壊して」を6ヶ月くり返した。日本発のゲームアプリ「Brain Dots」世界2,000万ダウンロードの裏側と2つのプレッシャー。 今回は、世界2,000万ダウンロードのゲームアプリ「Brain Dots」を取材しました。 ※トランスリミット株式会社 CEO 高場大樹さん (スタッフは25名[アルバイト込]で、ビジネス1名[広報・採用]、デザイナー1名、残りはエンジニア) 「Brain Dots(ブレイン ドッツ)」ができるまで。 「Brain Dots」について教えてください。 「Brain Dots」は画面に線を引いて、2つのタマをぶつけるゲームです。2015年7月にリリースして、世界で2,000万ダウンロード(iOS 40%:Android 60%くらい)されています。 特徴としては「ユーザーの95%が海外」という点です。国別でみると、韓国とアメリカが多いで
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