祖母は別に偉人ではない。それでも戦争を、殊に東京大空襲を生き抜き、激動の戦後を病気の祖父と二人の子供を育て抜いた彼女には、明らかにそれと分かる知恵があり力があり、身内のことで馬鹿みたいだが、幾度か私は大したものだと感じたことがある。いくつか祖母の言葉を書き留めておく。 「無理は無理だよ」 何かに失敗し、力尽きた人に言う言葉。彼女は決っして人に無理をさせない。「頑張れ」とか「だらしない」という言葉は彼女の口からは絶対に出ない。そう、無理は無理。無理を通そうとするから人間は苦しむ。人の出来ることには限度があり、無理は無理と諦めるしかない。 「気持ちがいいからやってるだけだよ」 彼女は朝に晩に死んだ夫の仏前で般若心経を唱える。しかし、それに宗教的な意味合いはないという。「するべき」とか「やったらいい」とかではない。ただ気持ちがいいからしているのである。死者のためだとか、功徳のためだとか、万が一に