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2007年8月14日のブックマーク (5件)

  • 北森瓦版 -

    takunama
    takunama 2007/08/14
    "そしてHD videoのフォーマットにより、必要とされるAthlon64 X2の速度も変わってくる。MPEG2ならば1.80GHz以上、VC-1ならば2.20GHz以上、H.264ならば2.40GHz以上となる。"
  • Lifehacker Top 10:“非公式”Gmailアドオントップ10 (1/2) - ITmedia Biz.ID

    Googleが開発者を放任してくれているおかげで、便利なサードパーティーの非公式Gmailアドオンが多数出回っている。その中でも有用なトップ10を紹介する。 Gmailが大成功しているのは主に、同サービスと連係する幅広いアプリケーション、ブラウザアドオン、スタイル、スクリプト、ブックマークレットのおかげだ。Googleは初めから開発者を放任し、非公式のGmailアドオンを見て見ぬふりをしてきた――サービス利用規約に違反していそうなものさえもだ。これは賢明だ。Googleがサードパーティーアプリケーションを大いに許容しているおかげで、Gmailはあちこちでパワーユーザーやカスタムマニアの支持を得てきた。それを祝して非公式ではあるが、Gmailをもっと便利にする有用なアプリケーションのトップ10を発表する。 非公式Gmailアプリケーショントップ10 10位:添付ファイルをドラッグ&ドロップで

    Lifehacker Top 10:“非公式”Gmailアドオントップ10 (1/2) - ITmedia Biz.ID
  • WIRED VISION / 濱野智史の「情報環境研究ノート」 / 第11回 セカンドライフ考察編(6) :ニコニコ動画が「活況を呈している」のはなぜか?

    第11回 セカンドライフ考察編(6) :ニコニコ動画が「活況を呈している」のはなぜか? 2007年8月 9日 ITメディア コメント: トラックバック (1) (11-2)から続く ■11-3. ニコニコ動画が「活況を呈している」のはなぜか? ニコニコ動画とセカンドライフは、昨今では次のように対比されることもあるようです。すなわち、セカンドライフがマスメディアで空騒ぎされるのとは対照的に、ニコニコ動画はマスメディアでは無視されているに等しいにも関わらず、急速にユーザー数を集めている、と(例えば大西宏のマーケティング・エッセンス - 「すれ違う「セカンドライフ」評価だけど」)。大西氏は、この対比を裏付けるデータとして、「総利用時間」(滞在時間)を指標にしたネットレイティング社のランキング結果を引き合いに出しています(ネットレイティングス、「総利用時間」による日のウェブドメインランキングを算

    takunama
    takunama 2007/08/14
    "つまりニコニコ動画は、「動画共有サービス」というよりも、「動画《視聴体験》共有サービス」とでもいうべき性格を強く持っているというわけです。"
  • metamorphosis-『涼宮ハルヒの憂鬱』における二つの文化祭――日常生活を分節化するものとしての学校行事

    前回は、未来や過去といった個人史の時間軸に沿う形で、節目の時を問題にした。過去が現在に介入してくる仕方は、非常にたくさんある。ノスタルジーという形で、過去が現在に介入してくる仕方は、主体のポジションの変化をもたらす。これは、パースペクティヴの変化と言ってもいいが、つまるところ、物事を見る見方が変化するわけである。このことが、記憶の想起をもたらすと考えられる。つまり、ある観点に立つということは、同時に、何かを視野の外に置くということであり、その視野の外に置かれたものが忘却の対象となった記憶であると言える。それゆえ、ある観点から別の観点へと、主体のポジションが変化すれば、同時に、忘却の対象になったものも変化する、ということである。これがノスタルジーのメカニズムであるだろう。 過去と現在が、ある種の対応関係を結ぶという、そのような形で、過去が現在に介入する仕方もあることだろう。現在の出来事の意味

    metamorphosis-『涼宮ハルヒの憂鬱』における二つの文化祭――日常生活を分節化するものとしての学校行事
    takunama
    takunama 2007/08/14
    "第1話の「朝比奈ミクルの冒険」は、(中略) 登場人物たちが超能力者や宇宙人といった適切な配役を割り振られていることによって、物語の隠された真理を(物語が始まる前に)暴露している。"
  • 新海誠における再会と喪失の問題――『秒速5センチメートル』を見て - metamorphosis

    先日、新海誠の新作『秒速5センチメートル』を見てきたので、その感想を少し書いてみたい。 この作品の主題をひと言で言えば、それは、再会だと言えるだろう。しかしながら、ここで問題になっているのは、永遠の魂の存在証明とは別のもの、むしろ、その永遠の魂に加えられた傷であると言えるだろう。このことを、これから、詳しく述べてみたい。 そもそも、再会の主題とはどのようなものか? それは、セカイ系的な文脈で言えば、永遠の魂の実在の証明であると言っていい。例えば、それは、次のような物語の形で示される。ある愛し合っている男女が悲劇的な出来事によって離れ離れになって死ぬ。その魂は別の肉体に宿ることになるが、その新しい生においても、この男女は、再びお互いを愛し合うようになり、再びこの二人は出会うようになる、というものである(新海誠の作品には村上春樹の強い影響を見ることができるが、ここで、『秒速5センチメートル』と

    新海誠における再会と喪失の問題――『秒速5センチメートル』を見て - metamorphosis
    takunama
    takunama 2007/08/14
    "物語の最後で、浩紀と佐由理は再び出会うことになるが、これは、しかし、厳密な意味での再会ではない。というのは、そこで、佐由理は、何かが失われたことを盛んに強調するからである。"