村上春樹『1Q84』を読む 石原 千秋/早稲田大学教育・総合科学学術院教授 早稲田大学から与えられていた「特別研究期間」(サバチカル)が終わって、この4月から通常の授業に復帰した。その中に村上春樹の長編小説を読んでいく講義があって、今年は『ダンス・ダンス・ダンス』から読んでいる。その準備と平行して『1Q84』BOOK3を読んだ。そして、『ダンス・ダンス・ダンス』とはかなりテイストが違っていることに改めて気づかされた。 村上春樹は、初期から現在に至るまで文章の質がほとんど変わらない。ところが『1Q84』BOOK3は、登場人物が相手の言葉を鸚鵡返しするところとか、「わかった」と言いきらずに「わかると思う」と言うところなど、文章の細部は同じなのに、全体のテイストがこれまでとは違っているのである。これまでの村上春樹の文体は、先を急がず、どこに連れて行かれるのかわからないようなところがあった。それが