仏像が祀られ、仏教の出家者が起居して修行を行う施設としての「寺院」。 観光地になっているような、観光拝観を行っている寺院が有名だが、「寺院」というと先祖代々のお墓や位牌がある、お墓参りがメインとなる菩提寺や、その宗派の人しか入れない非公開の寺院なども含まれる。私が寺院に対して「参拝するハードルが神社よりも高い」と感じているのは、そうした背景があるからだと思う。
昭和時代の中頃から終わりにかけて、神奈川県川崎市に、モノレール路線の建設が計画されていたことがあった。 そのモノレールは、川崎市のいわゆる鉄道空白地帯をぐるりと結ぶ予定であったが、結局、作られることはなく、幻に終わった。 計画当時の資料を見て、どんな計画だったのか、ふりかえってみたい。 8の字モノレールの計画 神奈川県川崎市にあったモノレールといえば、向ヶ丘遊園にかつてあったモノレールが有名かもしれない。 このモノレールは今から20年ほど前に廃止され、現存していない。 さらにいうと、よみうりランドにも環状のモノレール線が1978(昭和53)年まであった。 モノレール線がこんな近くにふたつもあった 今では見る影もないが、川崎市はモノレールが豊富な土地柄だったといえる。そしてさらに、川崎市には実際に作られることがなかったモノレール線の計画があった。「川崎都市モノレール」と呼ばれる計画だ。 まず
もっぱら工場とか団地とかジャンクションを愛でています。著書に「工場萌え」「団地の見究」「ジャンクション」など。(動画インタビュー) 前の記事:上と下の階に分かれている地下鉄駅がなぜか好き > 個人サイト 住宅都市整理公団 一晩でトンネルが出現 昨年「いまが見納め・京急大師線沿線散歩」と題して、神奈川県は川崎の京急大師線に沿って端から端まで歩いた様子を記事にした。 タイトルの通り、当時「いまが見納め」だったのは、本記事で紹介する地下化工事が行われる予定だったからだ。 で、地下化工事、行われました。 3月2日の夕方の様子。 翌日3日の午後の様子。 黒い線が大師線の全部。オレンジ色が地下化された部分。上の写真は、川崎側、トンネルの西側にある東門前駅の踏切から見た様子。 一晩でトンネルが出現。こうして見ると、土木工事ってすごいよねえ。 3日の夕方には、すでに各地から人が集まってきていました。工事を
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