倫理的な社会と不条理な社会 最近BSでチャップリン特集をやってますが、チャップリン映画をみるとあの時代の不条理がよくわかります。チャップリンが描くのは学なく貧しい弱者が社会で虐げられている姿です。たとえば今の下層なら当然の人権が守られていないのではと対立が始まりますが、教育、社会整備の不備な時代には彼らは権利の概念さえない不条理にいきています。だからチャップリンは最後は正義が勝つということではなく、その不条理の社会で逞しく生きる人々を描きます。 ボクたちが生きる現代社会はそのような意味で幸せな時代であり、高度に「倫理的な社会」です。みなある程度豊かで教育がいきとどき、他者に対して倫理的な振るまいを期待できます。ボクたちは場の中で空気を読むことが期待できることを当たり前に感じていますが、チャップリン的「不条理な社会」、すなわち不平等と不自由な社会は、おそらくそれは有史以来かわらず、そしていま
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