その人は時々、ベランダで空を見ていた。手すりに肘をあずけて、あるいは頬杖をついて。どこか物憂く、寂しそうな表情にも見えれば、うっとりと夢見ているようにも見えた。 隣に住む私は、隔て板の向こうの彼女に気付くと、いつも声を掛けようか迷った末、首を振ってベランダから部屋に戻った。 邪魔をしてしまう気がして。彼女の世界を乱してはいけないと思って。 当時の私は、確か40代前半。まだ子育ても終わっていなかったし、仕事も大変な時期だった。生きていくのに必死のバタバタした日常の中、マンションの階段でたまに出会う彼女は、落ち着いた穏やかな印象だった。 その方、Tさんはちょうど私と母親の中間くらいの年頃で、お連れ合いとふたり暮らしのご様子。そこに入居することになったご事情とか、家族構成とかは、世代の違いによる遠慮もあり特に伺うこともなく、挨拶をしたり軽く世間話をしたりする程度の間柄だった。 けれども人懐こい笑