指定テキスト『動物化するポストモダン』『ゲーム的リアリズムの誕生』 次回講義 http://togetter.com/li/26398 丸山真男 仮面ライダーディケイド 文責・採録責任:[削除] 編集・構成:@millionsage
1 名前: ヘラチョウザメ(千葉県)[sage] 投稿日:2010/05/27(木) 23:00:44.91 ID:GNju5ilm 東浩紀 (三島賞作家・早稲田大学教授) 東「先週の復習を軽くすると、ゼロ年代は物語の困難に陥った時代であり、物語ゼロ、 メタ物語、セカイ系の3つが生まれた時代であると」 東「セカイ系に対する批判というのは、女の子が出てきて男の子が出てきてなんか 戦争してる、内容ないじゃん、内容書けよ、みたいなものだったんですけど、 宇野くんの『ゼロ年代の想像力』におけるセカイ系批判っていうのは違ったんです」 東「宇野くんによれば、1995年~2001年までがセカイ系が想像力として有効だった時代で、 それ以降――宇野くんによれば、小泉政権が分岐点なんですが――ネオリベの時代、 東「「決断主義」「バトルロワイヤル」的な想像力の時代になったということです」 東「『決断主義』『バト
(一応価格が表示されていますが、本稿は無料で最後まで読むことができます。お支払いは、気が向いた方のみで結構です) 批評家、東浩紀は、現代社会論的な観点から、アニメやノベルゲーム、ライトノベルといった、いわゆるオタク系のサブカルチャーをしばしば論じています。この方面での代表作は、『動物化するポストモダン オタクから見た日本社会(以下動ポモ)』になるでしょう。 しかし東のオタク文化論にたいする、人々の評価は安定しません。東の提示した概念(データベース消費、動物化など)にもとづいて自論を展開する論者は、すでに何人も現れています。いっぽうで、彼の主張を強く批判する論者もあとを絶ちません。なぜでしょうか。理由の一つは、一見平易な文章で書かれているにもかかわらず、『動ポモ』には難解な面があり、論者により解釈が一致しないことにあります。 肯定するにせよ批判するにせよ、『動ポモ』に満足な評価を下すためには
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