多くのハンセン病患者の命を奪った“懲罰”施設を 偏見と差別をなくす拠点としての資料館に 群馬県の北西部に位置する草津町に、ハンセン病の国立療養所「栗生(くりう)楽泉園」があります。ピーク時には1,300人を超えた入所者も現在は87人、平均年齢は80歳を超えます(2016年1月1日現在)。この療養所敷地内にはかつて、多くの収監者が亡くなったといわれる懲罰施設、通称「重監房」がありました。この施設を負の遺産として後世に伝えるため、2014年4月に重監房資料館として開館、出土品や建物の実寸大模型などが展示されています。日本財団は、この重監房資料館と、東京の国立ハンセン病資料館の管理・運営を、2016年4月より厚生労働省から受託しています。 重監房資料館の外観 標高1000メートル以上、冬の気温はマイナス20度になることもあるという栗生楽泉園敷地内の山中に作られた重監房。訪ねた日は4月半ばにもかか
日本財団では「手話言語法の制定」に向けて、全日本ろうあ連盟の石野富志三郎理事長をはじめ、連盟の皆さんと協力して悲願実現に向けて努力しているところである。 全日本ろうあ連盟の努力で「手話言語法の制定」を国に求める意見書は、国内全て、1,788の地方議会で採択されている。又、50の自治体でも手話言語に係わる条例が制定されている。昨年は石野富志三郎理事長と共に全国から集まった2,000人のろう者の先頭に立ち、衆議院、参議院へ請願デモを行ったことは2015年9月28日のブログで報告した通りであるが、パラリンピックを契機に、インクルーシブな社会を作るべきなのに、国会議員にはその意欲がない。これだけ全国的に機運が盛り上がっているのに、いまだ議員連盟すら存在しない。国会議員の動きは鈍く、障がい者の社会参画への意識も薄いといわざるを得ない。 驚くことに、ろう学校では手話を十分使えない先生方も大勢いると聞く
視覚障害者のための専用ラジオ放送「JBS日本福祉放送」(大阪市都島区)がスタートして今年で25年目を迎えた。その日の新聞の音訳(朗読)を中心に歌謡番組や点字講座、BGMなど1年365日、1日24時間の放送を切らさずに続けてきた。その陰には多くのボランティアたちの「私たちは役立っている」の心意気。加えて企業や日本財団などからの支援もあり、不況による寄付金減少などによる経済的ピンチも乗り越えてきたという。 JBS日本福祉放送がスタートしたのは1988年4月。運営母体は社会福祉法人「視覚障害者文化振興協会」(亀山光雄理事長)で、日本財団の助成によりスタジオ設備・機器などが整備された。運営は主に企業からの寄付金。障害者スポーツの祭典・パラリンピックでは北京(2008年)、ロンドン(2012年)に取材班を派遣して特別番組を編成したことも。しかし、機器類の耐用年数は3~5年と短く、リーマンショック(2
3月14日(木)20:00~ 明日につながる101人のことば「被災地の聞き書き101」--個の物語から、社会を考える-- 【日時】3月14日(木)20:00~22:00 【URL】http://www.ustream.tv/channel/tokyofoundation 先日お会いした復興に従事する方の言葉です。「震災からしばらく経って最近自問している。お金だけで明日をつくれるのだろうか。被災地にお金だけを入れることは復興の遅れにつながるのではないだろうか。-本当に地域に寄与するには、その地域のこと、そこに暮らす人々の暮らしを知ることが大事なことだと気づいた。」 「被災地の聞き書き101」(以下、「聞き書き101」)は、大学生を含む47名が、東日本大震災で被災された101名の方々に、それまで営んできた暮らし、その中に溶け込んだ生活文化などを1対1でお聞きし、その話し手の言葉で文章にまとめた
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