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ブックマーク / blog.japan.cnet.com (7)

  • CNET Japan Blog - 佐々木俊尚 ジャーナリストの視点:新聞が背負う「われわれ」はいったい誰なのか

    新聞の<われわれ>とはいったい誰か ジャーナリストの玉木明氏は、オウム真理教事件の直後に刊行された「ニュース報道の言語論」というで、新聞記事の主語は、実は文面にはいっさい出てこない「われわれ」であると書いている。たとえば、次のような記事の文例を見てみよう。「強引とも言える捜査は、小さな山村の集落の住民を相互不信に陥らせ、人のつながりを壊した。警察への憤りも広がっている」(二月二十三日、鹿児島県議選買収無罪判決の記事から)。この記事で警察に憤っているのは、誰なのか。ここで憤っているのは、実は書いた記者個人という「わたし」なのだが、しかし記事の文脈では「私が憤った」とは書かれていない。あくまでも社会全体の「われわれ」であるというスタンスを取って書かれているのだ。玉木氏は前掲の書籍で、以下のように書いている。 ある特定の観点を<われわれ>の観点とみなすこと、特定の主張を<われわれ>の名において

  • CNET Japan Blog - 佐々木俊尚 ジャーナリストの視点:毎日新聞連載「ネット君臨」で考える取材の可視化問題

    少し古い話になるが、毎日新聞が元旦の紙面で「ネット君臨」という年間企画連載をスタートさせた。この連載をめぐって、ネットの世界からは激しい批判が巻き起こったのは記憶に新しい。 私もこの連載を通して読んでさまざまな感想を抱いたが、その感想についてはとりあえず別の機会に書いてみたいと思う。ここでは、「ネット君臨」がもたらした「取材」という行為の正当性と可視化についての問題について、少し考えてみたい。「ネット君臨」における取材行為は、その問題を考えるための格好のケーススタディになっているように思われたからだ。そこで記録として、若干の取材結果も踏まえてこのブログにその経緯を記しておこうと思う。なお最初に記しておくが、この経緯はあくまでもがんだるふ氏の側から見た一連の経緯であって、毎日新聞サイドには現時点では私は取材していない。したがってエントリーの内容が、かなりがんだるふ氏に拠っていることをお許しい

    umeten
    umeten 2007/01/26
    >毎日の「署名記事」の現実→多くは官公庁の発表ものか、そうでなければ雑感と呼ばれる現場ルポ記事、あるいはコラムなどに偏っていて、調査報道などについてはほとんど署名が加えられていない。
  • CNET Japan Blog - 佐々木俊尚 ジャーナリストの視点:「これを読めばすべてわかるっていうブログはないんか?」

    出版社は、どのようにしてインターネットビジネスに取り組もうと考えているのだろうか。 その格好の題材が、つい先日リリースされた。電通と、同社の元CMプランナーが設立したベンチャー企業「タグボート」がスタートさせた雑誌の立ち読みサイト「magabon(マガボン)」である。マガボンには講談社や光文社など、大手出版社を中心に30社以上が参加しており、男性誌から女性誌、趣味の雑誌まで幅広い分野の雑誌の最新号を発行日前日から閲覧できるというものだ。 実際に使ってみると、サイトには雑誌表紙のサムネールが表示され、「ちょい読み」をクリックすれば、Adobe Flashによるビューアーが立ち上がる。このビューアーは画面のサイズが変更できず、画像のダウンロードにもかなり時間がかかるなど使い勝手はあまり良くないが、しかしまあ気軽に雑誌の目次からトップ記事あたりのイメージが閲覧できるのは事実だ。 しかしこのマガボ

  • 平野氏からのコメントへの返信:江島健太郎 / Kenn's Clairvoyance - CNET Japan

    ぬおっ、前回のポストに平野人がとうとう降臨!(当該コメントはこちら) というわけで、滅多なことではネットに出没しない珍種。。。じゃなくてネ申をあんな狭いコメント欄に閉じ込めておくのはあまりにバチあたりなので、メインのブログでピックアップすることにします。 以下、いつもの個人的なメールのやりとりのような調子で書きます。今これを読んでる皆さんは私信をのぞき見してるんだよということで、そこんとこよろしく。 どうも、感想ありがとう。 メールでも書こうかと思ったけど、せっかくなんで、ここにコメントを書くことにしました。 梅田さんとの対談は、ご覧の通りで、個人的には非常に有意義でした。 僕は必ずしも、必要以上にネット社会をネガティヴに捉えているわけじゃないけど、対談だから、まぁ、ある程度、争点を鮮明にした方がいいからね。取り分け、ネットの明るい未来については、梅田さんがかなり強い態度で肯定的に

  • 情報社会学追説:私たちはなぜ語るのか:渡辺聡・情報化社会の航海図 - CNET Japan

    さる信頼の置ける筋から公文俊平氏の『情報社会学序説―ラストモダンの時代を生きる』のお勧めがあり、当たりの予感があったので、手にとってみることとした。また、ウェブでも内容が公開されている。 ぼんやりとした考えとして頭の中にあるものが、整理されたフレームと言葉でまとめられたものに出会うという場面は日々書いている人であれば幾度も経験していることだろう。今回は、塊でそれがやってきた。とりあえず途中まで目を通したところだが、ほぼ全てのページなんらか折込と赤線とコメントが加わっている。珍しい。そして素晴らしい。 ポイントは至るところにあるので、随時触れていくとしてひとまず幾つか抜いてみたい。 なぜ、オープンソースにコミットするか、あるいはBlogを書くのか インセンティブと経済モデルについての指摘は別途あるが根っこの部分から。 個々の智業にとっての「智のゲーム」の直接的な目標は、最初から「通識」と

  • 「ブログがちゃんと身入りになっていくということをもっと言わないといけない。」:渡辺聡・情報化社会の航海図 - CNET Japan

    タイトルは日全国・見たいもんはみたいぞの会のいしたにさんの同名エントリより。 Blogを書いているとどうなるのか、最近すっきりした言葉でまとめて言えるようになってきた。声を大にして言っていいことの一つではないかと思っているのでまとめてみたい。 natural bornのツール Blogはアフィリエイトのツールか。CGM、SEOのツールか。キャリアアップや転職のツールか、になることがゴールでありステータスか。アクセスアップが幸せへの道か。 これらは、書店でBlogに関連したを並べてみると良く出てくるフレーズである。 それぞれ関係しているのは間違いない。とはいえ、Blogを書いているとこうなりますよ、という説明としては表面的なところがある。格普及が始まって丸二年、書いている方もISPや独立事業者としてサービス提供している方も周辺サービスの方も大勢目にしてきた。 じっと考えを整理してみ

    umeten
    umeten 2005/12/13
    まあ、友達は増えたな。  「身入り=金銭収入」じゃないけど、ひとつの財産ではあると思う。
  • CNET Japan Blog - 近藤淳也の新ネットコミュニティ論:終わりに 世界中の意識をつなげるインターネット

    7月の上旬からこのブログを書き始めて5ヶ月になりました。当初の終了予定だった10月を1ヶ月過ぎてしまいましたが、今回でこのブログはおしまいにしたいと思います。 期間中、はてなでのさまざまな取り組みを紹介しながら、色々と感じていることを書いてきましたが、その根底には「色々な事をオープンにしよう」という思いが流れているように思います。 社員どうしの関係をオープンに、会社とユーザーとの間もオープンに、言いたいことがもっと言えるように、良い意見はきちんと吸い上げられるように…。そんな風に、色々なものをもっとオープンにすると結構良いことが多いですよ、というようなことをずっと書いてきたような気がします。 なぜこんなにオープンさのことばかり考えているのでしょうか。なぜそれが重要だと思うのでしょうか。それはインターネットができたからだと思います。 今年はインターネット誕生10年、といった言われ方もして「こ

    umeten
    umeten 2005/12/01
    この「つながる」という表現のどうしようもない奥歯に物が挟まったような感覚はなんだろうか。こんな言い方では「いやし」的な「アロマテラピー」と同義にしか見えない。「組み立てる」の方がよりクリティカルかと。
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