籠太(かごた)は江戸時代から昭和初期まで実在した江戸街道沿い、城下のはずれ滝沢峠の降りたあたりに実在した街道茶屋の名前です。つい数年前まで建物もありましたが、建て直しで池の庭と共に取り壊されてしまいました。 昔、参勤交代の折や、春には城下の人たちが石部桜で花見の折、夏には滝沢の不動様への夕涼み、秋には飯盛り山への茸狩りと、物見遊山の折に愛された、会津一の街道茶屋の名前です。 店では折々の季節の名物料理が供されていましたが、又この茶屋の名物は、庭の池越しに松の立ち木の間から見える磐梯山が何よりのご馳走だったとか。 私達は開店に当たり会津の多くの記録に登場し、又、人々の多くのドラマがあり、あたたかい人間的な匂いのするこの茶屋の名前に強く惹かれました。