ある寒い2月の夜、ニューヨーク・ブロンクス区に向かう地下鉄6号線の列車に1時間ばかり揺られたフリオ・ディアズさん(30歳)は、ほとんど人気のないホームに降り立った。これから馴染みの店に行ってディナーを食するつもりだった。だが、階段に向かって歩き始めたフリオさんの前に1人の少年が立ちはだかった。少年はナイフを手にしていた。 こういうとき、恐怖に凍り付くタイプの人もいれば、全身にアドレナリンが駆け巡り勇敢に立ち向かおうとするタイプの人もいる。だが、フリオさんは、そのどちらでもなかった。フリオさんは落ち着き払ったまま、少年の要求に応じた。 ポケットから財布を取り出すと、「はいどうぞ」と少年に手渡す。財布を渡された少年はきびすを返して、さっさと歩いていく。普通なら、この後、警察に被害を届け出るなりすることになるが、財布と中身が返ってくる可能性はかなり低い。 だが、フリオさんはこの後、少年の体に指一
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