毎日新聞が21日付朝刊で天皇陛下の譲位に関する政府の有識者会議内での一部意見について、陛下が強い不満を漏らされていたとの記事を掲載したことを受け、宮内庁の西村泰彦次長は22日の定例会見で「天皇陛下のご発言の報道があったが、そうした事実はない」と全面的に否定した。 毎日新聞の記事は、「陛下 公務否定に衝撃」「『一代限り』に不満」などの見出しで1面トップで掲載。昨年11月の有識者会議のヒアリングで、保守系の専門家から「天皇は祈っているだけでよい」などの意見が出たことに、陛下が「批判をされたことがショックだった」と強い不満を漏らされていたと紹介した。 また、有識者会議の議論が陛下一代限りでの譲位を実現する方向で進んでいたことについても、陛下は「自分の意志が曲げられるとは思っていなかった」と話し、政府の方針に不満を示されたとしている。 記事は、陛下のお考えが宮内庁側の関係者を通じて首相官邸に伝えら
高速実験炉「常陽」(茨城県大洗町)の再稼働に向けた審査を原子力規制委員会に申請した日本原子力研究開発機構が、「本当に福島の事故を反省した上で申請しているのか」などと厳しい批判にさらされている。事故時の避難計画が狭い範囲で済むよう熱出力を下げたことや、重大事故の想定の甘さなどが理由だ。原子力機構は高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)の運営でも規制委から「必要な資質がない」と指摘された経緯があり、根強い「不信」をうかがわせている。(社会部編集委員 鵜野光博) 「許すわけにはいかない」 「ナナハンのオートバイを運転しますけれども、30キロをオーバーしないから軽免許でいいですよねというような話でしょう。そういうことを許すわけにはいかない」 ユニークな比喩を用いながらも強い批判をにじませたのは、規制委の田中俊一委員長。4月26日、常陽の申請をめぐる初の審査会合が開かれた翌日の定例会見での発言だ
政府が原子力規制委員会の委員長に更田豊志委員長代理(59)を昇格させる人事案を提示したことで、田中俊一委員長(72)は9月で5年の任期が満了し退任することになった。東京電力福島第1原発事故後に、信用が地に落ちた国の原子力規制の再建を託され、世界最高レベルの規制の基礎を作り上げた田中氏。その功罪と残る課題は-。 再任求める声も… 「率直に言うと、ほっとしている」 人事案が示された翌日の定例会見。田中委員長は柔和な笑みを浮かべ、そう語った。 再任を求める声もあったが、年齢や健康面などを理由に固辞した。福島市生まれで、日本原子力研究所(現・日本原子力研究開発機構)の副理事長などを歴任した、いわゆる原子力ムラの人間だ。しかし、福島の事故が起きてからはボランティアで除染活動を行うなど、地元・福島のために尽くしてきた。 就任当時、原発事故担当相だった細野豪志氏は、「専門知識と経験に加え、事故の教訓を踏
中国文学者の高島俊男さん(80)による、古今の言葉をテーマにした名エッセー『お言葉ですが…』。その最終巻『お言葉ですが…別巻(7) 本はおもしろければよい』(連合出版)が刊行された。全18巻、22年に及ぶシリーズの完結巻となる。 同エッセーは、「週刊文春」で平成7年から18年まで連載。単行本は文芸春秋から10巻までが出版された。その後、版元を連合出版に移して週刊誌連載時の未収録分を収めた「11巻」を刊行。20年からは同社で、書き下ろしエッセーやさまざまな新聞雑誌に執筆した文章を集めた「別巻」シリーズが始まった。 連合出版は「筆者の高齢もあり書籍としてはこれが最終巻になるが、今後は弊社運営の専用ブログ(http://okotobasaishin.blog.fc2.com/)で随時高島さんの書くものを掲載していく」と話している。 日頃何げなく使う言葉の意外な由来やみっともない誤用について、たい
福島県泉崎村の神社でキツネの石像などを壊したとして、器物損壊と建造物侵入の疑いで逮捕された住所不定、韓国籍の無職、チョン・スンホ容疑者(35)が今年11月に日本に入国していたことが11日、捜査関係者の話で分かった。 これまでの調べで、チョン容疑者は密入国以外の正規の方法で入国し、福島県内を拠点として移動していたとみられる。 また、チョン容疑者は逮捕された10日、白河市内の国道4号線を1人で歩いていたところを不審に思った巡回中の白河署員に逮捕されていたことも分かった。チョン容疑者は片言の日本語をしゃべることはできるが、取り調べの意思疎通には通訳を介さなければいけない状態だという。 チョン容疑者の逮捕容疑は9日夜、福島県泉崎村の稲荷神社でキツネの石像2体を壊し、さらに本殿に侵入してキツネの木像などを壊した疑い。 福島県では今月に入り、泉崎村の北側の須賀川市、郡山市、福島市の寺や神社などで仏像や
辯護士、辨理士、花瓣は弁護士、弁理士、花弁と表記-。「辯、辨、瓣」と【廾=にじゅうあし】「弁=小学5年で学習」は本来、別の字だが、昭和21(1946)年の当用漢字表で3字とも「弁」と書きかえることになった。 新字体になって、「辯、辨、瓣」を書き間違える心配がなくなった。「よく似ていてまちがいやすい漢字をわかりやすくしたといえるだろう」(阿辻哲次『戦後日本漢字史』)、「〈辯〉〈辨〉〈瓣〉の複雑を思うと、戦後生まれでよかったと安堵しています」(財前謙『字体のはなし』)など、漢字改革を評価する声がある。 一方で、弊害も。たとえば「弁言」という言葉。弁言は「序文」「はしがき」、旧字体の辯言は「巧みな言葉」「口先だけ」と全く違う意味で使われてきた。それが「弁言」に統一され、もとの意味が分かりにくくなった。 書きかえは古典文学でも進む。中国文学者の高島俊男氏は「戦後字体に変えて本にするというのがそもそ
□福島県いわき市 富原聖一さん(42) ふくしま海洋科学館職員 勤め先の「ふくしま海洋科学館(アクアマリンふくしま)」で、5月から「調(た)べラボ」というイベントをはじめました。地元でとれた魚をお客さんの前でさばいて、放射線量を計測することで、安全性を理解してもらおうという企画です。 震災後から自分で魚を釣って、独自に放射線量の計測を続けてきました。いま、国の基準値(100ベクレル/キログラム)を超えるのは、震災前から生きていて事故の直後に大量に流出した汚染水の影響を受けた魚ぐらいで、もう釣るのも難しい。たとえば60センチを超えるカレイなんて底引き網にもめったにかからないでしょう。 福島県漁連は沿岸漁業を自粛していて、まだ試験操業しかやっていませんが、魚介類の線量は、もう食べられるレベルまで下がっています。じつは行政などの出しているデータも、ちゃんと読めば大丈夫だと分かるんですが、ただ数
昨年7月20日、福島県会津若松市内の仮設住宅で開かれた夏祭りには、地元メディアが多数訪れていた。お目当ては、大熊町無形文化財の「熊川(くまがわ)稚児鹿舞(ちごししまい)」である。 ▼大熊町の熊川地区は約200年前、凶作や疫病に襲われ、争いごとが絶えなかった。村を立て直すために、この地の鎮守の諏訪神社に舞を奉納したのが始まりという。地元の男児4人が、実体は鹿である獅子の頭(かしら)をかぶって舞うのが特徴だ。 ▼大熊町は4年前のきょう、東日本大震災に伴う大津波で大きな被害を受けた。さらに町内に立地する東京電力福島第1原発の事故によって、約1万1000人の町民全員が避難を余儀なくされている。津波によって、諏訪神社の社殿は流され、太鼓などの道具も失われた。その鹿舞の4年ぶりの復活とあって、地元の人たちが涙を浮かべる姿もあった。 ▼以上の経緯は、いわき市在住の郷土史家、夏井芳徳(よしのり)さんから送
原子力規制委員会は21日、東京電力福島第1原発でたまり続けている汚染水について、放射性物質を処理した後、平成29年以降に海洋放出することを明文化した。これまで田中俊一委員長が同様の考えを示してきたが、規制委の総意として明文化したのは初めて。東電は海洋放出を判断しておらず、漁業関係者への説得は難航するとみられる。 明文化されたのは、福島第1原発のリスクを減らすための計画を示した「中期的リスクの低減目標マップ」。第1原発には、汚染水約28万トンが敷地内にある約900基のタンクにたまっている。1日約350トンの地下水が原発に流れ込み新たな汚染水を生んでいることから、その処置が問題になっていた。 汚染水は強い放射線を出しているため、東電は放射性物質を除去する「多核種除去装置」(ALPS=アルプス)で汚染水を処理する作業を進めている。東電は現段階で処理水を海洋放出する判断をしていないが、規制委の田中
長野県は25日、産地や品種の異なるコメを長野県産コシヒカリとして販売したとして、同県上田市の卸売業者「尾和米穀」を、日本農林規格(JAS)法と米トレーサビリティー法に基づいて原因究明や再発防止策を講じるよう指導した。 県によると、同社は今年3月から7月にかけて、福島県産コシヒカリ約19トン、長野県産あきたこまち約9トンなどを、長野県産コシヒカリ約30トンと混ぜるといった方法で、長野県産コシヒカリと偽って同県内の米飯製造業者に販売。偽装されたコメは計約68トンに上る。 同社は福島県産コシヒカリを長野県産コシヒカリより1キロあたり10~40円ほど安く購入しており、県に対し「仕入れ値を安くしたかった」と説明しているという。 改善の意思を示していることなどから、県は刑事告発を見送る方針。
映画「ザ・テノール 真実の物語」 「事実は小説より奇なり」。実話を基に描いた名画を見る度に英国詩人、バイロンが遺(のこ)したこの名言が脳裏をよぎる。11日公開の映画「ザ・テノール 真実の物語」は、がんの手術で失った声帯の機能を取り戻し、オペラ界の第一線へ復活を遂げる天才テノール歌手、ベー・チェチョルさんの奇跡の実話だ。絶望の淵から復帰を果たすその影に、何人もの日本人の友情や情熱が絡んでいた事実が明かされる。見る者誰もがこう思わずにはいられないだろう。「世界にはまだこんな素晴らしい奇跡の実話があるのだ」と。(戸津井康之) まさに「ブラック・ジャック」 不可能を可能にした手術 音楽関係者を対象に大阪市内で行われたホール試写。「本日、この会場にゲストが来ています」。上映後、1人の日本人の名前が告げられると、会場は大きな拍手と歓声に包まれた。 会場後方の席で立ち上がったのは外科医で京都大学医学部名
日本で最も有名な文学賞である芥川・直木賞。今夏で151回を迎え、約80年の歴史を誇る両賞の歴代受賞者を並べれば、そのまま現代日本文学史となる。そんな両賞受賞作の生原稿などを紹介する特別展が、日本近代文学館(東京都目黒区)で開かれている。 両賞は昭和10年、作家で文芸春秋創業者の菊池寛が、早世した友人作家の芥川龍之介、直木三十五(さんじゅうご)を記念して創設した。芥川賞は純文学系の小説、直木賞はエンターテインメント系の小説が主な対象で、年2回実施。約80年間の受賞者は両賞合わせて336人に達する。 特別展では約240点を展示。芥川の葬儀で菊池が読み上げた「友よ安らかに眠れ!」とのくだりで有名な弔辞など、文学史的に貴重な品も含まれている。 中でも見応えがあるのが受賞作の生原稿。石原慎太郎さんの「太陽の季節」(昭和31年芥川賞)、大江健三郎さんの「飼育」(33年芥川賞)など、約80人分が展示され
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く