タグ

ブックマーク / sportiva.shueisha.co.jp (23)

  • 「球史に残る5人の名投手」をジャッジ歴35年の杉永元審判員が選出。「野球を8イニングに変えた男」がいた

    webスポルティーバ野球の記事一覧プロ野球「球史に残る5人の名投手」をジャッジ歴35年の杉永元審判員が選出。「野球を8イニングに変えた男」がいた 昨年までプロ野球の審判を務めた杉永政信氏。ジャッジ歴35年はNPB史上4位タイの長さである。そんな超ベテラン審判員だった杉永氏に、これまでジャッジしてきたなかで「印象に残っている投手5人」を挙げてもらった。審判員が選ぶ「名投手」の条件とは? 日人選手初の「100勝・100ホールド・100セーブ」を達成した上原浩治この記事に関連する写真を見る上原浩治(元巨人ほか) 「絶対に抑える」「絶対に勝つ」という観点からすれば、上原浩治投手は当の意味で最強の投手でした。日球界唯一の「100勝・100ホールド・100セーブ」を達成したように、先発、中継ぎ、抑えで実力を発揮した稀有な存在です。 9イニング平均与四球率2.00個で抜群のコントロールと言われると

    「球史に残る5人の名投手」をジャッジ歴35年の杉永元審判員が選出。「野球を8イニングに変えた男」がいた
    yogasa
    yogasa 2022/08/03
    セリーグ選任だったのかな?
  • たぬかなが困惑する「無敵の人」。女性ゲーマーの芽を摘む「容姿への侮辱」がネット上に作り上げられている

    「女性蔑視について話し合いが足りない」と語るたぬかな■たぬかなインタビュー後編 格闘ゲーム『鉄拳』の女性プロゲーマー、たぬかな。彼女は、国際大会で上位の成績を残してきたが、ゲームセンターに通い始めた中学時代から現在に至るまで、女性蔑視、誹謗中傷を受け続けてきた。 eスポーツにおいて、その問題は根深い。eスポーツがリアルスポーツと決定的に違うのは、オンラインでも試合を行なえる点だ。オンラインのよさはプレーヤーとファンの距離感が圧倒的に近いことだ。ゲーム配信をする場合は、リアルタイムにコメントを書き込めるし、それに対してプレーヤーが即座に返答することも可能だ。さらに同じ大会に出場することもあり、プロゲーマーとファンが対戦することもありえる。 しかし、その利点を利用して、女性蔑視的なコメントを書き込む人たちも一定数いる。 「一番困るのは、『無敵の人』ですね。自ら『僕は社会的地位はないし、無職だし

    たぬかなが困惑する「無敵の人」。女性ゲーマーの芽を摘む「容姿への侮辱」がネット上に作り上げられている
    yogasa
    yogasa 2022/02/18
  • 安達了一「僕がショートを守っていないオリックスは強い」。リーグ優勝の裏にあった覚悟と葛藤

    シリーズが終わった。 スワローズに敗れた第6戦、バファローズの安達了一はベンチに入ることもできなかった。第1戦では6番に入って3打数1安打、1つのフォアボールを選んで、セカンドとしての好守備を披露するなど存在感を発揮した。 第2戦では9番に入って2つのフォアボールを選び、好投を続けていたスワローズの高橋奎二に球数を投げさせて仕事人ぶりを見せつけた。しかし舞台を東京ドームに移すと、3戦、4戦、いずれも6番としてヒットを打つことができず、次第に打席での粘りも失われていった。 今季はおもにセカンドを守り、3年ぶりに100試合出場を果たしたオリックス安達了一この記事に関連する写真を見る プロ5年目の2016年、潰瘍性大腸炎を発症した安達。 厚労省から難病に指定されているものの、適切な治療を受ければある程度は症状を抑えることが可能だとされている。安達は病気と闘いながら、その後もプレーを続けてきた

    安達了一「僕がショートを守っていないオリックスは強い」。リーグ優勝の裏にあった覚悟と葛藤
    yogasa
    yogasa 2021/12/04
  • 里崎智也が語る「ボビー・バレンタインが最高の監督である理由」

    野球人生を変えた名将の言動(1) 里崎智也が語るボビー・バレンタイン 前編 アスリートの競技人生は、指導者との出会いによって大きく変わる。ロッテで長らく正捕手として活躍し、リーグ優勝(2005年)と日一(2005年、2010年)に大きく貢献した里崎智也もそのひとり。2004年、2度目となるロッテの監督に就任したボビー・バレンタインに重用され、華々しいキャリアを重ねていった。 当時のバレンタイン監督は、独特な起用法や采配で選手のベストなプレーを引き出し、2005年には長らく低迷していたチームを31年ぶりのリーグ優勝、日一に導いた。また、画期的なファンサービスも次々に推進し、ロッテのイメージはもとより、パ・リーグ全体のイメージを大きく変えた功労者でもある。 そんなバレンタインとのエピソード、"上司"としての魅力を、あらためて里崎智也に聞いた。 バレンタイン監督(左)に起用され、日を代表す

    里崎智也が語る「ボビー・バレンタインが最高の監督である理由」
    yogasa
    yogasa 2021/06/17
  • バレンタインが変えたプロ野球。里崎智也が「新鮮」と感じた起用法とは

    野球人生を変えた名将の言動(1) 里崎智也が語るボビー・バレンタイン 後編 前編から読む>> ボビー・バレンタイン監督のもと、ロッテで長らく正捕手として活躍した里崎智也。2007年~2009年はキャプテンとしてチームを牽引した里崎に、低迷するチームを日一に導いた"ボビー流"の野球と人材活用術などを聞いた。 2004年、球場で発売されていた「バレンタイン弁当」をべるバレンタイン監督 photo by Sankei Visualこの記事に関連する写真を見る――2004年~2009年までの6年間、バレンタイン監督と共に野球をする中で、新しい発見はありましたか? 里崎智也(以下:里崎) 猛打賞をマークしても、ホームランを打っても次の日が休みとか、6人で回していた先発ローテーションの間隔はズラさないとか、"休みながら戦う"ということは新鮮でした。近年のプロ野球では休むことが合理的な考えとして浸透

    バレンタインが変えたプロ野球。里崎智也が「新鮮」と感じた起用法とは
    yogasa
    yogasa 2021/06/17
  • 谷繁元信「ずる賢さが足りない」と指摘。セ・リーグ捕手を細かくチェック

    谷繁元信のパ・リーグ「捕手診断」はこちら>> 今季のプロ野球は開幕から約60試合を消化し、セ・リーグでは阪神が一歩抜け出している。得点はリーグ1位タイ、失点は同2位と、攻守にバランスのいい戦いぶりだ(成績は6月9日時点)。 好調のポイントは枚挙にいとまがないなか、立役者のひとりに正捕手の梅野隆太郎が挙げられる。全56試合のうち54試合で先発マスクをかぶり、打率.228(リーグ24位)、18打点(リーグ22位)。チーム防御率3.36(リーグ2位)と投手陣をうまくリードしている。 好調な阪神の投手陣を牽引する梅野隆太郎この記事に関連する写真を見る 通算27年の現役時代に捕手としてゴールデングラブ賞に6度輝き、2014年から2016年まで中日の監督を務めた谷繁元信氏は梅野をこう評す。 「今年はすべていい。もともと打力はありますが、とくに今年はチャンスで意味のある打点を挙げている。チームの勝率も防

    谷繁元信「ずる賢さが足りない」と指摘。セ・リーグ捕手を細かくチェック
    yogasa
    yogasa 2021/06/17
  • 東京五輪の正捕手に推したい捕手は? 谷繁元信がパ・リーグの捕手を診断

    谷繁元信のセ・リーグ「捕手診断」はこちら>> 今季のパ・リーグは約60試合を終え、首位の楽天から5位の西武まで6ゲーム差にひしめいている(成績は6月9日時点)。各チームともに決め手を欠き、混戦が続きそうな気配のなか、「捕手」という観点から見ると、一歩リードしているのがソフトバンクだ。 西武の正捕手の座を掴んだ高卒8年目の森友哉この記事に関連する写真を見る 正捕手の甲斐拓也がここまで全62試合で先発出場。エース千賀滉大やクローザー森唯斗が故障で離脱するなか、チーム防御率3.33はリーグトップだ。盗塁阻止率.424は同じくリーグ最高で、打っても打率.261(リーグ17位)、7塁打(同10位タイ)、29打点(同12位タイ)と下位打線で存在感を放っている。 甲斐は2010年育成ドラフトで入団し、強肩を武器に球界を代表するキャッチャーに成長した。リード面で課題を指摘されることもあったが、捕手として

    東京五輪の正捕手に推したい捕手は? 谷繁元信がパ・リーグの捕手を診断
    yogasa
    yogasa 2021/06/17
  • パフォーマンスにギャラードが激怒。それでもラミレスは「アイーン」を続けた

    ラミレスが語る野球人気とパフォーマンス 前編 【野球人口減少について、ラミレス氏が思うこと】 野球人口の減少、野球人気の低迷、野球ファンの高齢化......。近年、野球を取り巻く否定的な報道は多い。昨年まで横浜DeNAベイスターズの監督を務めていたアレックス・ラミレス氏も、こうした状況に危機感を抱いている。 「ひと昔前までは、スタジアムに来る子どもの割合も高かったと思います。でも、最近は大人の姿は目立つけれど、子どもの姿は減っているように感じます。同様に、以前は家の前や公園などでキャッチボールをする子どもたちの姿を見かけたけど、最近はまったく見なくなりました。それがどうしてなのかは僕にはわからないけど、公園でのボール遊びが禁止されたり、子どもたちが野球に触れる機会は減っているのかなという気がします」 DeNA入団時の今永昇太と一緒に「アイーン」のポーズをとるラミレス監督(当時) このような

    パフォーマンスにギャラードが激怒。それでもラミレスは「アイーン」を続けた
    yogasa
    yogasa 2021/06/16
  • エルドレッド「ざるうどんが恋しい」。カープ史上最も愛された助っ人が選手時代の思い出や大谷翔平を語った

    2012〜2018年の7シーズンにわたって広島カープに在籍したブラッド・エルドレッド氏。現役引退を発表した2019年には、外国人選手では異例となる引退セレモニーが行なわれた。そのプレーや人柄から、カープ史上「最も愛された助っ人」と呼ばれ、現在はカープの駐米スカウトを務めるエルドレッド氏に独占インタビュー。引退後の生活やカープ時代の思い出、自身がスカウトしたケビン・クロン選手への期待などについて語ってもらった。 2019年の現役引退後、カープの駐米スカウトを務めるエルドレッド氏 ―― 現役を引退して約2年。現在はどのように過ごしていますか? 「カープの駐米スカウトとしてアメリカ各地で試合を視察しています。今日(6月9日に取材)もオハイオ州トレドにいて、今、マイナーリーグの視察からホテルに帰ってきたところ。家にいると4人娘が邪魔してくるので(笑)、取材を受けるのは遠征先のホテルが適していますね

    エルドレッド「ざるうどんが恋しい」。カープ史上最も愛された助っ人が選手時代の思い出や大谷翔平を語った
    yogasa
    yogasa 2021/06/16
  • 履正社の日本一で始まる新2強物語。真の王者へ「ある勝利」が必要だ

    履正社が初の日一を決めた翌日、学校の最寄り駅である阪急・曽根駅(大阪府豊中市)には優勝を祝うボードが華やかに飾られていた。かつて履正社は福島商業という名で、ヤンチャな兄ちゃんたちが通う男子校だった。1983年に履正社に改称し、2000年に男女共学となった。今ではスポーツだけでなく勉学でも成果をあげ、朝の通学路は運動が得意そうな恰幅のいい生徒と、聡明な雰囲気を漂わせる進学クラスの生徒が入り混じり賑わう。 今年夏の甲子園で初の日一に輝いた履正社 履正社野球部が初めて甲子園出場を果たしたのが、1997年の夏。当時は専用グラウンドを持たず、内野分の大きさしかない校庭でひたすらノック、バント、走塁練習を繰り返していた。試合でも走者が出れば、迷わずバント。クリーンアップだろうが、追い込まれようが、1アウトだろうが、とにかくバント。 その時は、大阪大会7試合でチーム打率.268、塁打0ながら、犠

    履正社の日本一で始まる新2強物語。真の王者へ「ある勝利」が必要だ
    yogasa
    yogasa 2019/09/02
  • 07年我那覇和樹を襲った冤罪事件。「言わないと一生後悔する」

    木村元彦●文 text by Kimura Yukihiko松岡健三郎/アフロ●写真 photo by Kenzaburo Matsuoka/AFLO ★日サッカーを救った男の現在地 前編 カマタマーレ讃岐が使用する高松市東部運動公園サッカー場には、2月の寒風がすさぶ中でも熱心なサポーターたちが練習を見学するためにやって来る。若い広報のスタッフはそんな顔が見える度、丁寧にあいさつをする。サポーターとチームスタッフとの距離の近さと信頼が垣間見える。彼がこのチームに来たのはまだ半年前である。サッカー仕事をしたいということで大阪から讃岐にやって来たのだ。選手との初めての顔合わせの際は緊張したが、その中で最も気さくに接してくれたのが、ベテランの我那覇和樹(38歳)だった。 世代的に言えば、代表戦をテレビで観ていた中学生時代、我那覇にはサウジアラビア戦でゴールを決めた男として強烈な印象が今でもあ

    07年我那覇和樹を襲った冤罪事件。「言わないと一生後悔する」
    yogasa
    yogasa 2019/02/09
  • 谷繁元信は炭谷銀仁朗の移籍に懐疑的。「決断が2、3年遅かった」|プロ野球|集英社のスポーツ総合雑誌 スポルティーバ 公式サイト web Sportiva

    11月24日、西武からFA宣言した炭谷銀仁朗の巨人への移籍が決まった。2度のゴールデングラブ賞を獲得し、2015年にはベストナインにも輝いた炭谷の加入で、小林誠司らとの正捕手争いに注目が集まっている。 しかし2018年シーズンを振り返ると、伊藤光(オリックス→DeNA)や大野奨太(日ハム→中日)といった、炭谷同様に日本代表にも名を連ねた捕手たちは移籍先で思うような結果を残せなかった。移籍した捕手の難しさはどこにあるのか。2001年にベイスターズから中日に移籍し、両球団で日一を経験した谷繁元信氏に話を聞いた。 西武からFA宣言し、巨人に加入した炭谷――今回の炭谷選手の移籍をどう見ていますか? 「炭谷は移籍を決断するのが2、3年遅かったように思います。ここ数年、西武では森(友哉)や岡田(雅利)などが台頭し、出場機会が減って規定打席にも達しなくなっていましたから。私から言わせれば、プロ野球は

    谷繁元信は炭谷銀仁朗の移籍に懐疑的。「決断が2、3年遅かった」|プロ野球|集英社のスポーツ総合雑誌 スポルティーバ 公式サイト web Sportiva
    yogasa
    yogasa 2018/12/09
  • トライアウトで実現した運命の対戦。鵜久森淳志「まさかここでも...」

    ハム退団後に受験した、2015年以来自身2度目となるトライアウトでの全打席を終えた鵜久森淳志(うぐもり・あつし/前ヤクルト)を、報道陣が取り囲む。感想を述べる際にも、凛々しい表情が崩れることはない。 「カウント1-1からのスタートということもあり、"代打"で出場したつもりで初球から積極的に攻めの気持ちでいこうと決めていました。そこはできたと思います」 自身2度目のトライアウトとなった鵜久森淳志 他球団が自分を獲得するとしたら、代打での起用を念頭に置くことは間違いない。そこでの活躍をイメージさせるような打席の入り方、スイングをトライアウトでも表現したいと考えていた。 4打席に立ち、2打数無安打2四球。結果を受けたあとも、「野球である以上、ヒット、アウトの結果は出るものなので、そこは割り切りました。次の打席への切り替えであったり、シーズンから心がけていたことを変えることなくやろうと考えてい

    トライアウトで実現した運命の対戦。鵜久森淳志「まさかここでも...」
    yogasa
    yogasa 2018/11/15
  • 石川佳純、ふつうに中国強豪に勝てる。「前と違う自信がついてきた」

    了戒美子●文 text by Ryokai Yoshiko 千葉格/アフロ●写真 photo by Itaru Chiba/AFLO 「もちろん勝つためにやるんですけど、今年は3年後に向けていろいろと挑戦していこうというイメージでした。負けたらすごく悔しいんですけど、でも、例えば今年の1月に全日で負けたこととかが、すごく自分にとっていいきっかけになっている。でも、この敗戦が2020年だったら『あー、どうしよう』となっていると思う。なんか勉強になりました(笑)」 2大会連続で準決勝進出。ドイツでファンにサインをする石川佳純 11月13日から19日まで、ストックホルムで行なわれた卓球ワールドツアーレギュラー(国際卓球連盟が通年で主催するツアー全23試合のうち、「プラチナ」に次ぐ2番目のカテゴリー)スウェーデンオープンで、石川佳純はシングルスで準決勝に進出した。中国人選手2人に勝利した後、準決

    石川佳純、ふつうに中国強豪に勝てる。「前と違う自信がついてきた」
    yogasa
    yogasa 2017/11/23
  • セレッソ大阪、ルヴァンカップ優勝。初の戴冠に至る「ふたつの伏線」

    どちらが勝っても初優勝――。どこか新鮮で甘美な印象を与えるその顔合わせは、しかし裏を返せば、あまりに非情な巡り合わせだとも言えた。 今季ルヴァンカップ決勝で顔を合わせたのは、セレッソ大阪と川崎フロンターレ。Jリーグ誕生以降、何度も初タイトルを手にしかけながら、そのつど逃してきた"シルバーコレクター"の両クラブにとって、ルヴァンカップ初優勝であるとともに、クラブ史上初タイトルをかけた戦いでもあった。 だが、それをなせるのは1クラブだけだ。 つまり、いまだ無冠同士の対戦は、どちらかが待ち焦がれた栄光に浴する一方で、どちらかは残酷な仕打ちをまたしても受けることになる。 ルヴァンカップを制して、初のタイトルを手にしたセレッソ大阪 はたして、悲劇の繰り返しに終止符を打ったのは、セレッソだった。尹晶煥(ユン・ジョンファン)監督がニッコリと笑みをたたえ、語る。 「(グループリーグから)1回も負けずに、こ

    セレッソ大阪、ルヴァンカップ優勝。初の戴冠に至る「ふたつの伏線」
    yogasa
    yogasa 2017/11/05
    セレッソ優勝したんだ
  • 秀岳館のセンバツ快進撃を支えた「オール枚方」出身の選手たち

    菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro大友良行●写真 photo by Ohtomo Yoshiyuki 秀岳館(熊)のセンバツが終わった。 今春のセンバツ、花咲徳栄(埼玉)との初戦では、プロ注目の左腕・高橋昂也に10安打を浴びせて6対5と勝利。南陽工(山口)との2回戦では、初回から8得点の猛攻で16対0と圧勝。大阪桐蔭を破ってベスト8に進出した木更津総合(千葉)との準々決勝は、好左腕・早川隆久の前に苦しんだものの、9回2死から2対1で逆転サヨナラ勝ちを収めた。 高松商(香川)との準決勝は延長戦にもつれ込む熱戦となったが、2対4(延長11回)で惜敗。それでもセンバツベスト4という好結果と、強烈な印象を残した春だった。 初戦と2回戦に先発した堀江航平もオール枚方出身だ 多くの野球ファンの間ですでに知られていることだが、秀岳館の躍進の裏には「オール枚方(ひらかた)」と

    秀岳館のセンバツ快進撃を支えた「オール枚方」出身の選手たち
    yogasa
    yogasa 2016/08/22
  • 弟・良太が語る「偉大なる兄・新井貴浩の2000本安打の真実」

    4月26日のヤクルト戦(神宮)で史上47人目の2000安打を達成した広島の新井貴浩。1999年に駒沢大からドラフト6位で入団したが、決して大きな期待をかけられている選手ではなかった。だが、来る日も来る日もバットを振り続け、いつしかチームの中心選手になっていた。そんな兄を誰よりも近くで見ていたのが弟の良太だ。果たして、弟の目に兄の2000安打達成はどのように映ったのだろうか。 2011年から4年間、ともに阪神でプレーした貴浩(写真左)と良太の新井兄弟 2000安打を達成した兄貴のことは、単純にすごいと思いますね。同じプロ野球選手として、2000という数字がどれだけすごいか分かるので、余計にそう思います。 マツダスタジアムのタイガース戦で決められれば、両方のファンに祝福してもらえて、兄貴もお礼を言えてよかったと思うんですけど、最後、足踏みせずに打てたのはよかったですよね。兄貴もホッとして

    弟・良太が語る「偉大なる兄・新井貴浩の2000本安打の真実」
    yogasa
    yogasa 2016/05/19
  • デストラーデ「野茂は人間だけど、イチローはエイリアンだね」

    デストラーデ インタビュー(後編) 久しぶりに来日を果たした元西武のオレステス・デストラーデ。前編では90年代の西武黄金時代についての話を中心に聞いたが、今回は日人メジャーリーガーを中心に、これからの日野球について熱く語ってもらった。 (前編から読む>) 2002年にイチローと久しぶりの再会を果たしたデストラーデ(写真右端) ―― デストラーデさんは90年から3年間、日でプレイし、93年にメジャーリーグに復帰しました。その数年前に、セシル・フィルダーやビル・ガリクソン、ウォーレン・クロマティが日球界を経て、メジャーリーグで活躍しました。日人にとって、日と大リーグとの距離が縮まった印象があります。 「私は、メジャーリーグと日の一軍との距離は遠くに感じていなかったよ。結局、日の選手やファンが、大リーグを精神的な部分(マインド)で遠いものと考えていただけじゃないかな。実際、アキ(

    デストラーデ「野茂は人間だけど、イチローはエイリアンだね」
  • デストラーデが語る「西武黄金時代と日本野球」|集英社のスポーツ総合雑誌 スポルティーバ 公式サイト web Sportiva|Baseball

    デストラーデインタビュー(前編) オレステス・デストラーデは、90年代を知る野球ファンならば忘れることのできない「助っ人」だ。銀縁眼鏡の奥にきらりと光る知的な目。ホームランを打ったあとの"弓を引く"ポーズは、誰も真似できない風格があった。秋山幸二、清原和博とともに破壊力抜群のクリーンアップを形成し、1990年から3年連続日一に貢献。現在、53歳となった「カリブの怪人」に西武黄金時代や日野球について振り返ってもらった。 日で4年間プレイし、通算160塁打を放ったデストラーデ ―― 日は久しぶりですか。 「4、5年ぶりかな。飛行機に乗る時から、日のことを考えていたよ。成田空港が見えた時には、思わず写真を撮ってしまったよ。まるで子どもだね(笑)」 デストラーデは53歳には見えない若々しさで、全身からコロンのさわやかな香りを漂わせていた。そしてカフェで注文したカレーを美味しそうに口に運

    デストラーデが語る「西武黄金時代と日本野球」|集英社のスポーツ総合雑誌 スポルティーバ 公式サイト web Sportiva|Baseball
  • 元巨人ドラフト1位・辻内崇伸「8年間の悔恨」を語る

    谷上史朗●文 text by Tanigami Shiro日刊スポーツ●写真 photo by Nikkan sports プロ野球「行く人、来る人」2013 今年もドラフトで育成枠を含めると89人の選手がプロからの指名を受けた。その一方で、かつて「怪物」と呼ばれた男がひっそりユニフォームを脱いだ。8年前の今頃はマスコミの注目を一身に浴び、将来の巨人のエースと嘱望されていた辻内崇伸だ。大阪桐蔭高校時代の3年夏の甲子園で、左腕最速となる156キロを記録。2回戦の藤代(茨城)戦では当時大会タイ記録となる19奪三振をマークした。しかし、高校野球史にその名を刻んだ剛腕のプロ生活は度重なる故障との戦いだった。結局、1度も公式戦の一軍マウンドに上がることなく26歳を前にした今秋、8年間の現役生活にピリオドが打たれた。 一度も一軍のマウンドを経験することなく、8年間のプロ野球生活に別れを告げた辻内崇伸。

    元巨人ドラフト1位・辻内崇伸「8年間の悔恨」を語る