夏は大っ嫌いだけど、夏の終わりは好きだ。 軽めの貯水ができるくらいの汗も、全身の毛穴を犯されるような暑さも、反吐が出るほど嫌いだったはずなのに、あの感覚は一年さきまで体験し得ないものだと覚悟をするとき、どこか口惜しい気持ちになる。 秋冬の待っている歳月に向けてひとまず終わる夏に感じる情緒は、折々と四季がおとずれる日本に住んでいる人間だからこそ持っている感覚のジャンルなのかもしれない。年がら年中極寒のアイスランドや、赤道直下の熱帯域に暮らすひとにはきっと理解できない趣なんだろう。そう思うと、すこし得した気分になる。 「夕立の雲もとまらぬ夏の日の かたぶく山にひぐらしの声 」と詠った式子内親王の歌にもあるように、日本の夏の終わりは古来より和歌に詠まれてきた。その系譜はいまでもしっかりと引き継がれており、今日のJ-POPでも夏の終わりソングというカテゴライズはしっかりとできる。 たとえば直太朗。