田中俊一氏という人がいる。 原子力規制委員会の委員長だ。柔和な顔と穏やかな話し方で、いかにも学者然とした風貌の人である。その田中委員長の物言いが、このところ妙に乱暴になってきている。どうしたのだろう? 2011年3月11日の東日本大震災と、それに続く福島第一原発の過酷事故。その事故の反省の上にたって作られた(はずの)原子力規制委員会委員長に、田中俊一氏が就任したのは、2012年9月のことだった。 それまで、日本の原子力発電所の“規制”は、原子力安全・保安院という組織が行ってきた(ことになっていた)。だが、保安院という組織は、実は、原発推進まっしぐらの資源エネルギー庁内の一機関に過ぎなかった。つまり、経済産業省の管轄。“推進”する側の下に組み込まれている“規制組織”という、どう考えてもおかしな存在だった。 事実、事故直後の原子力安全・保安院の対応は、悲劇を通り越して喜劇(むろん、笑っている場
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